http://www.seikado.or.jp/exhibition/index.html

 

2017年4月16日に静嘉堂文庫美術館にて開催中の「挿絵本の楽しみ~響き合う文字と絵の世界~」の内覧会に参加しましたのでレポートします。

当日はゲストに橋本真理さん、館長の河野元昭さん、学芸員の成澤麻子さん、ナビゲーターが青い日記帳の中村剛士さん(Takさん)によるトークセッションや成澤さんのギャラリートークのおかげでちょっと変化球気味な本展についてすっと入っていけました。いつもこのような機会を作っていただいたTakさんには感謝です。ということでここではそこで得たものの一端を紹介したいと思います。

なお、会場内の写真は美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

 

まず本展のコンセプトを公式サイトより引用しておきます。

私たちは普段さまざまな方法で情報のやり取りをしています。しかし、手段はいろいろでも、その中心となっているのは主に文字と画像(絵)であることに変わりはありません。殊に文字と絵が互いに支え合った時、一層その伝達力は強められます。「挿絵本」はまさに文字と絵が同じ所で支え合って成り立っているものです。それは、その時代の人々の、情報に対する多様な要望が反映されたものといえるでしょう。では、私たちは今までどのような挿絵を眺め、味わいながら物事への理解を深めてきたのでしょうか。
本展では、主に日本の江戸時代(17~19世紀半ば)と、中国の明・清時代(14世紀後半~20世紀初め)の本の中から、解説書、記録類、物語など多彩な挿絵本を選び、その時代背景と共にご紹介します。絵と文字の紡ぎだすバラエティ豊かな世界をお楽しみください。

 

「文字と絵が支え合っている」っていいですね。

ところで成澤さんのお話しでとても面白かったのは、中国ではもともと文字中心の文化、文字に権威があったことから、絵を入れるなんてとんでもないことだったそうなんですね。その中国で絵が入るようになったのは「科挙」のおかげ。

「科挙」は家柄や身分に関係なく誰でも受験できる公平な試験で、才能ある個人を官吏に登用する制度として隋時代(6世紀末~7世紀始め)に始まったのですが、貴族が権力を握っている状況では事実上庶民が受験することすら難しかったようです。

宋の時代になると貴族が没落したこともあり門戸は広く開放。しかしながら試験の難しさは半端ではなく平均合格年齢は36歳だったそうです。例えば暗記しなければならなかった儒教のテキストの文字数は43万字。しかも貴族階級には当たり前のことでも庶民には見たこともないような事柄も多かったことから絵を入れてわかりやすい解説の受験参考書が登場したというわけです。

右:纂図互註礼記(南宋時代) 左:礼記挙要図(南宋時代)

 

纂図互註礼記のこのページには天子と居士の帯の違いが解説されているのですが、そのデザインの違いなんて文字だけではわからないですよね。

ここにおいて社会の変化を背景に文字と絵が支え合うというものが要請され普及したわけですね。

そう言えば本内覧会のコーディネーターである中村剛士さん=Takさんが大学受験参考書も私たちの時代(ちなみに私は50代半ば)と違って萌え絵がいっぱいだそうです。これも時代の要請ですかね。

興味がある方はAmazonの「萌え系学習参考書だけで東大合格目指すリスト」を見てください。

https://www.amazon.co.jp/lm/R20RRO75AWAIUM

 

ということで本展では5つの切り口(章)で挿絵を紹介してます。

以下気になったものいくつか紹介します。ちなみに科挙の参考書は「Ⅱ辞書・参考書をめぐる挿絵」です。

 

【Ⅰ神仏をめぐる挿絵】
仏教の経典という文字の世界をわかりやすく庶民にも伝えるために絵を付けたというものですね。
初公開の「妙法蓮華経変相図」(中国、南宋時代前期12世紀、長さ2183cm)。

法華経における仏の教えを伝えるためにエピソード、例えば「火宅の譬え」を絵で表しています。
ある時、長者の邸宅が火事になった。中にいた子供たちは遊びに夢中で火事に気づかず、長者が説得するも外に出ようとしなかった。そこで長者は子供たちが欲しがっていた「羊の車(ようしゃ)と鹿の車(ろくしゃ)と牛車(ごしゃ)の三車が門の外にあるぞ」といって、子供たちを導き出した。その後にさらに立派な大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えた。この物語の長者は仏で、火宅は苦しみの多い三界、子供たちは三界にいる一切の衆生、羊車・鹿車・牛車の三車とは声聞・縁覚・菩薩(三乗)のために説いた方便の教えで、それら人々の機根(仏の教えを理解する素養や能力)を三乗の方便教で調整し、その後に大白牛車である一乗の教えを与えることを表している。なお檀一雄の「火宅の人」のタイトルは、この三車火宅を由来としている。
(出典:Wikipedia)

「三草二木の譬え」や「観音菩薩の功徳」などおなじみのエピソードを絵で確認してみるのも面白いですよ。

 

【Ⅲ解説する挿絵】

本展の中で最も絵が鮮やかで美しい「本草図譜」(江戸時代、天保15年・1844年、岩崎灌園選)。

日本最初の本格的彩色植物図鑑です。2000種もの植物を忠実に写生して彩色を施したもので完成まで20年かかったそうです。

絵もきれいですが文章もなかなか味わいがありますので、ご興味があれば国立国会図書館のデジタルコレクションでちょっと見てみてください。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288478

 

 

【Ⅳ記録する挿絵】

 

「環海異聞」(大槻玄沢・志村石渓編、19世紀)、「亜墨新話」(前川文蔵・酒井貞輝編、守住貫魚画、19世紀)も漂流記。前者はロシア、後者はメキシコ。鎖国時代の江戸時代にあって乗った船が難破し意図せず異国に行って帰ってきた日本人。彼らからいろいろ聞き取って記録にしてくれたからこそ今となっては貴重な資料になっているのですね。特に前者「環海異聞」に登場するロシア使節ニコライ・レザーノフは漂流した日本人を長崎に送り届けるついでに日本に通商を要求したけど幕府が拒否したので、帰りに択捉島、利尻島、礼文島を攻撃したとのこと。北方領土問題の源流ここにありって感じですね。

 

【Ⅴ物語る挿絵】

左:羅生門(17世紀 写)

 

「奈良絵本」というものだそうです。

全く知らなかったのでブリタニカ国際大百科事典より引用。

室町時代後半~江戸時代前期に,おもに御伽草子を題材としてつくられた絵入りの冊子本。絵は,金銀,朱,緑などの極彩色で,稚拙なものから土佐風のものまで多くの様式を示す。表紙は紺表紙,雲形表紙。横本と竪 (たて) 本とがある。奈良興福寺の絵仏師が内職に描いたというが未詳。婦女童幼の読み物としてもてはやされ,嫁入り本としても用いられた。

 

さすが静嘉堂文庫さん、保存状態良好で色鮮やか。小説を原作に映画化したようなものですね。

 

ということで文字と絵の響き合う世界をぜひ堪能してみてください。

 

開催概要

会期:2017年4月15日(土)~5月28日(日)
休館日:毎週月曜日
会場:静嘉堂文庫美術館
開催時間:午前10時~午後4時30分(入場は午後4時まで)