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Shogun Rua

スマコムでもmixiでもtwitterでも書く気起きないこと

突然ですが学校の成績見ると必ず関心・意欲・態度がAとかBとかCとか書いてあるじゃないですか あれってなんなんでしょうか 今日は思う存分この関心・意欲・態度って項目に対する文句を垂れ流していきたいと思います



先に自分の話からさせてもらうと関心・意欲・態度の項目はほとんどの教科でC(最低評価)でした、もちろん数学もです。きっとノートを提出してないとか宿題をやってこないとか授業中にうるさいとか先生を論破しようとするとか多分その辺が気に入らなかったんだと思いますが

もっかい改めて関心・意欲・態度ってなんでしょうか。数学に対しての関心・意欲・態度っていう意味だとするなら俺以上に数学に対して意欲的だった人もそういないはずなんだけど 小学生の頃から周りよりも計算速くなりたくて複雑な計算問題集買ってもらったのに始まり中学入ってからも高校への数学って月刊誌を買ってはひたすら解いての毎日でとにかく数学に関しては頑張ったし興味があった



それはテストで証明されてるはず、毎回90点以上取るなんて数学に対して意欲的でなければ無理だしそれこそが自分にとっての関心・意欲・態度だったんだけど

上記の通りノートを提出しない、宿題をやってこないってことで関心・意欲・態度の評価を下げるならそれは数学に対しての意欲じゃなくて数学の成績を取るために先生の評価を落とさないことへの意欲って評価だよね

じゃあどうやって関心・意欲・態度を評価していくかって話になるとそもそもそれらって数値化できないし意欲は個々の脳内にあるわけでそれを成績の判断基準にすべきじゃないと思うんだけどもしそれやりたいならテストの点で判断すればいいじゃんって思う、意欲的な人は点が取れるしそうじゃない人は取れないっていう分かりやすい構図



そう言うと多分「意欲的でもセンスがなくて点が取れない子はどうするの!」とかそんな感じのこと言われるんだろうけどそんな奴は知らん つまりその人にすれば才能のない子が努力をしても成績を取れないのは不公平だから宿題を出す、態度良く授業を受けることで成績を上げられるつまり弱キャラを救済するルールを作るべきって理論



でもそういう反論する人は関心・意欲・態度っていう弱キャラ救済ルールが更なる弱キャラを生むっていう皮肉というべきかジレンマというべきか分からないけどその事実に気づけてない

どういうことかって言うと先生の機嫌を取って提出物も欠かさず出すことで得られる関心・意欲・態度って評価が占める成績に対する割合が強まれば強まるほど、数学的能力を身につける必要性が薄まっていくっていう必然性


弱キャラ救済ルールは弱キャラの逃げ道をそこに用意してあげることになるから本質的な強さや能力が身に付かない、逆も言えて潜在的な強キャラも努力せずとも弱キャラに用意された救済ルールがあるからそこに逃げることで弱キャラとして生きてもそれなりの成績をもらえる、そんなシステム

テストの点だけで上から成績をつけていくシステムになったら今まで弱キャラ救済ルールに頼って実力が付かなかった人の中でも何割かは実力を付けなければいけないって状況のおかげで自ずと実力も付くようになってくると思う、思うっていうか絶対そうなる

それでも取れない子はどうすればいいの?って話になるとそれはもう知らなくね?って言いたくもなるよね。いや弱キャラ救済ルールに頼ったまま一生を終えられるならそのルールに頼った成績の付け方も悪くないと思うんだけど結局社会に出たら弱キャラなんて救済してくれなくて勝手に淘汰されてくんだから中学の内申(成績)システムもその縮図になればベストなんじゃないかな


結局何が問題だったかって言うと受験が大学受験に最終的に達するまで弱キャラ救済ルールの枠の中で戦えるのに対して社会は恐らくそれを許さないっていう根本的な矛盾、その温いルールの中で育った弱キャラはやがて大人になって子供を持つようになったらどうせその子供も弱キャラになるだろうし今度はモンペとして弱キャラを救済できるルールを求める風潮になってこの負の連鎖は終わらないんじゃないかなっていう心配


自分自身もこれから社会にどういう形で出ていくかは分からないけども実力がなければそれを救済される必要もないと思ってるし、実力を上げるために今自分に何ができるか、それを毎日考えなければ意味がないと思うので中学の時の成績基準に感じていた不満がブーメランしないように強く生きていきます、、