鰯という大海の中の群れの一匹でさえ、死してなおそれはそのままに姿を変えた造化の働きである。

 とすると、言葉の根源にはまさにこの生命が宿っていると実感する。


 儀式、魔術が切り離されていない芸術も、この生命を同じくしていたはずだ。

 一匹の鰯を食べることは美的なものであるアートとは別物なのであり、食べる者だけが感傷に終わり無を感じるのではない。


 のだろうか、、、?