「空を語るには、地を知らなすぎるんだ」

 
 マークは、そう僕の問いに答えた。
 狭くて、暗くて、無機質で、でもどこか温かくて落ち着く、僕とマークだけのこの秘密の部屋で、お気に入りの椅子に座ってそう答えた。
 艶やかな黒髪が、規律正しく後頭部の方へ流れ調えられた僕の頭上には、数多くのハテナが浮かんでいた。
 
 「僕はね “マークは、マーク自身をどう思ってる?” そう訊いたんだ。別に、いま空の色や成り立ちなんか訊いちゃいないよ。」

 「そうだね、たしかに僕にもそう聞こえた。だから“そう”答えたじゃないか?」

 「んん… 僕はちゃんと理解したいんだよ。もうちょっとだけ、僕にもわかりやすく……」
 
 少し不満気に、そして全く理解出来ない僕自身に対して悲しくなりながら。
 ちょっぴり大人な彼が折れて、もう少し具体的に僕に答えてくれるのを待っていた。
 しかし、突然二人だけの秘密の時間は終わった。
 アラームが鳴ったから。僕は行かなくちゃいけなかった。



 それからその日、僕は本を読んだ。 142ページまで進んだ。
 気を抜くと、読んだはずの数行前が脳内から抜け出てしまう僕にしては、2時間で42ページという上出来の早さで読めた本を、机に置いたまま夕食を作りに階下へ降りて行った。
 その後はいつも通り、お風呂に入り、歯磨きをして、両親におやすみを言って、自分の部屋へ急いで行き次の日やることを考えながら床についた。
 ぐっすり眠った。机の上で眠る、あの本のように。



 次の日、例のアラームで目を覚ました僕は、どこにでもあるような普通の鏡に映る、いつもの僕に向かって「おはよう!」と、にこやかに挨拶をした。
 そして隣にある、整然と隙間なく並べられた本達のいる、自慢の本棚を見やった。
 寝る前に考えていた、やることを思い出しながら階下へ降りて行き、朝食を作り、歯を磨いて、またすぐに部屋へと上がって行った。
 
 きょう一日、僕はやることを次々とやり終えていった。いつものように。
 ついに、最後のやることをやったことに変えるため、僕は人に会う準備をしていた。
 今から会う、大事な人のことを考えながら。



 マークとは、幼い頃からずっと一緒に育ってきた。 初めて出会った頃、僕は肉体的にも精神的にも良いとは言い難い状態だった。 そんなときだったからか、元来持っていたものなのか、マークはいつも僕の話を聴いてくれたり、優しく抱きしめてくれたりした。 とても温かかった。
 きょうだいも居なかったし、僕の一番大事な人で、一番の理解者。 互いに互いのことをよく知りたがったし、特にマークは僕のことをよく観察していた。


 時間も忘れ、そんなこんな、いろんな大切なことを頭にいっぱいに思い浮かべながら、大事な大事なマークの元へと急いだ。



 僕とマークだけの秘密の部屋で、すでにマークは背凭れ付きの腰掛け椅子にゆったりと腰と背中を落ちつけて脚を組み、優しげでありそれでいて悲しげな表情で読書をしていた。

 「すまない、遅くなった!」

 「大丈夫、ちっとも退屈なんてしていないし。」

 「ならよかった。 それで、この前言っていた、大事な話って何だい?」

 マークは、400ページはあろうかと思われる本の4分の1ほどを読み終えたあたりで、パタリと閉じた。そして、組んでいた脚をお行儀よく膝をつけてまっすぐ閉じ、グレーに近いブルーの美しい瞳を僕の方へと向けた。
 
 「君の空が、僕は大好きだった。そしてもし、俺が君の大地の一部にでもなり得たのであれば、心から、心の底からとても嬉しく思うよ。」

  


 彼らしく、僕の頭上にハテナを浮かばせる言葉をにこやかに告げると、いつものように僕はアラームを止めた。
 朝の美しい陽光が、僕だけを照らす部屋で。