たぁたが死んで1ヶ月。様々な瞬間に思い出す。

 スーパーはペット関連のコーナーに不用意に近づいてしまっては、胸が痛む。亡くなる前の3ヶ月ぐらいは極端に食欲が減ってしまったので、とにかく食べやすい餌、消化の良さそうなもの、何より好んで食べそうなものを一生懸命探した。亡くなる一月前頃からは、2,3日に一回買い求めていた。どのスーパーでも買い求めていたので、どのスーパーでもペットの餌売り場は鬼門だ。いつになったら涙をこらえずにペットの餌を見ることができるだろうか。

 

これから時々、先月18日になくなった猫の思い出を書こうと思います。ペットロスと言う言葉があるけれど、経験のない人にとってはあまり理解しにくいことかもしれないので、適当に読み飛ばしていただけたらありがたいです。

 

2010年8月、まだ生まれて間もない猫をいただいてきた。夫と二女に連れられて帰ってきた子猫はまだ名前がなかった。彼は本当に両手のひらに包まれてしまうぐらい小さく、いきなりピアノと壁の間に潜り込んで、埃を体中につけて遊んだ。毛糸それも純毛が大好きで、私のセーターや靴下をかじって穴を開けたことから、彼の名は「たぁた」と決まった。以前子どもに読み聞かせをしていた本の中に靴下のことを幼児語で「たぁた」と書かれていた。「たぁた」は靴下の幼児語だ。名前が決まってからは家族中が「たぁた」「たぁた」と顔をのぞき込み、頭をなでる日が始まった。

写真は亡くなる一週間前、ソファーで。

良い映画を見た。たまたま、市内の映画館ではどんな映画をやっているのだろうと見たら、我が町ではなく、車で1時間ちょっとの町で、この映画をやっていることを知った。タイトルに惹かれどんな映画かとネットで探すと、何やら興味をそそられる「あらすじ」。そこで、出かけたのだが、大正解!インドの最も人口の多い北部の州での、ドキュメンタリー映画。女性20数人からなる新聞社の記者たちの姿を描いたもの。女性に対する暴力や、カースト制、政治の民主化などに声を上げ、民衆の声を拾い続ける女性たちが、それをスマホで撮影し映像をSNSで発信している。この仲間たちは、お互いが力をつけ、国際社会に向けてさらに発信している。ジャーナリストが何人も殺されているこの地で、この活動を行うことの勇気は、どこから来るのだろう。
映画のパンフレットを買ったのはひさびさだ。また、ゆっくり読み返して、たるみ切った私の精神に時々喝を入れるとしよう。