「よし、もう後少しや!」

きな子は一人で大声を出しました。

そして、ジリジリと大型ダンプを抜く事に成功した後も、アクセルを強く踏み続けながら叫びました。

「ヒャッホーウ」

きな子はダンプを抜いた後も、ハンドルを握る手を緩めません。

「ジュンペー」

「あ、はい」

ゆきちゃんの事を思い出しかけていた順平は、にわかに現実に引き戻されます。

「汗」

「は?」

「汗拭いてんか」

「あ、はい」

順平は、きな子の首に巻かれた、どこかの温泉のタオルできな子の視界を遮らないように汗を拭かないといけませんでした。

 

途中で小川が横切る場所では、運転手は慎重に車両を制御し、水しぶきがはねる中を渡ります。

小川のそばには緑豊かな樹木が立ち並び、清涼感が漂います。

運転手は一瞬、小川のせせらぎの音に耳を傾け、自然の響きに癒されながらも、再び道に集中します。

山間の道を走る軽バンは、なだらかな下り坂を進みながら、夏の日差しと暑さに包まれています。

道路脇には田園風景や青々とした畑が広がり、運転手はその風景を見ながら、ほっと一息つくこともあります。

やがて、山間の曲がりくねった道は平坦な地域に出てきます。

軽バンの走行音が響く中、運転手は前方に広がる開けた景色を見て、安堵の表情を浮かべます。

山間の道を乗り越えた軽バンは、夏の蒸し暑さに立ち向かいながらも、着実に目的地へと近づいていきます。

車内の空気も少しずつ軽やかさを取り戻し、運転手の汗も乾いていきます。

 

平坦な地域では、風が通り抜けやすくなり、軽バンの窓から心地よい風が流れ込んできます。

湿った蒸し暑さも少しずつ和らぎ、運転手はほっとした表情で道路を進んでいきます。

周囲の景色も変化し、山々の緑が徐々に開けた土地に変わっていきます。

広がる風景には田畑が広がり、遠くには小さな集落が見えます。

夏の日差しが農作物や草地を輝かせ、生命の息吹が溢れています。

 

軽バンはそのまま平坦な道を進み、山間の曲がりくねった道の記憶が遠くになっていきます。

運転手は疲れを癒しながら、次なる目的地へ向かって走り続けます。

軽バンが山間の道を抜け、平坦な地域に到達するまでの旅は、蒸し暑い日照りの中での挑戦と充実感が混ざり合ったものでした。

きな子のその姿は、山々の間を勇敢に進む小さな、いや大きな存在として、順平は、たくましさと頼もしさを感じました。

 

 

集落の間を抜けた、少し小高い丘の上に、目的地の志度山病院はありました。

この地域では、唯一の総合病院になるのでしょう。

駐車場には沢山の車が停まっていました。

 

「ここは患者さん用の駐車場やからね。うちらは裏側にある職員用の駐車場に停めるから」

軽バンは、病院の横を通りぬけ、自転車置き場も通りぬけ、病院の裏側のただの平地に入っていきました。

「ここに停めんねんで。さっきの駐車場は正門前やからな。患者さん優先やねん」

「はい」

順平は、なんだか疲れてしまって覚えられそうにもなかったが、まぁ、邪魔にならない所まで入ればいい、と覚えた。

入社したての頃は、必死でなんでもメモをとっていたが、きな子につくようになってから、メモを取る事があまり重要でないような気がしてきていたのだ。

 

 

砂利だらけの駐車場に停めた軽バンから降りるきな子は、パンツスーツの似合う、キャリアウーマン風のようでした。

純平には、汗まみれで運転していた様子しか思い浮かばないので、女性の姿をしたおっさんとしか思えませんでしたが。

そして「根間薬品」と書かれた傷んだ軽バンときなこの取り合わせは、チグハグなようでいて、見事に一致していました。

 

順平もドアを開け、後ろ座席に無造作に積み上げられていた、書類やこまごました小物が詰まったビニール袋を取って降りようとしました。

「よっこらしょ」

「それ大事なもんやからな。丁寧に運ぶんやで」

きな子の声は、無駄に終わりました。

順平は、抱えた手から、ビニール袋を滑らせて、細々とした荷物は、無惨にも砂利でできた駐車場に、ぶちまけられてしまいました。

ビニール袋は砂利の上に散乱し、書類や文房具、ノートが乱雑に広がってしまいました。

 

しかし、きな子は少しも動じず、冷静に状況を受け止めました。

彼女の目には、決意と機敏さが宿っていました。

ビニール袋を華麗に拾い上げるため、きな子は一瞬の躊躇もなく背筋を伸ばしました。

彼女の美しい動きは、まるで舞踏するようでした。

 

まず、きな子は身体を後ろに反らせ、見事なバック転を決めました。

その勢いで彼女はビニール袋の散乱した場所へと飛び込みました。

砂利が飛び散る中、きな子は素早く手を伸ばし、一つひとつの小物を確実に掴んでいきました。

ペンやハサミ、折りたたみ傘、そして大切な書類まで、彼女の手は確実にビニール袋の中に取り戻していきました。

その姿はまさに芸術的であり、まるで砂利の中で踊る妖精のようでした。

周囲の人々は、きな子の驚異的な身体能力と優雅さに息を飲んで見入っていました。

 

最後の一つまで小物を拾い上げたきな子は、軽やかに立ち上がりました。

彼女の手には、小物が整然と入ったにニール袋が抱えられていました。

きな子は微笑みながら、順平に向かって袋を差し出しました。

ビニール袋の中に残っている砂利がないことを示しつつ、彼女は落ち着いた声で言いました。

 

「Don't think, Feel.....」

その瞬間、きな子の凛とした姿勢と、見事な動きに感銘を受けた順平でしたが、

正直、何を言っているのかわかりません。

なぜ、この場で「ドンシン、フィーゥ」なのか?

 

順平は、きな子の凄まじい動きに圧倒されながらも、彼女をただ、呆気に取られて見つめて、その後を、トボトボとついて行くしかありませんでした。