#全て正直に
#卒業ブログ(静岡学園)
私は小学校3年生の頃、毎日母に宗教をしないとサッカーに連れていかないと言われ、1日でもお経を唱えなかったら何かしらいじめられるような状況にいた。その原因で父と母が毎日喧嘩をしていて辛かった。喧嘩を見たくないと父に言って小4の頃からは入江学区外のアパートを借りて父と2人で過ごしていた。学校にも友達にもバレないために色々工夫して過ごしていた。また、父は会社を経営していて忙しい中、私が安心してサッカーするために1から勉強して入江のコーチになってくれた。今ではエスパルスのコーチを頼まれるほどだ。すごすぎる。そんな父のサッカーのスタイルは「結果よりも仲間」である。例え味方がミスして負けてもみんなで笑う。みんなで反省するのですらなくみんなでどんな状況も楽しむのである。これが今の入江sssのスタイルであり、私が静学でも曲げずに貫いてることである。こんな楽しいサッカーのおかげで母のことは忘れて、学校でもグランドでも仲間と楽しめたのである。また、父は料理も勉強して今では同級生の友達が父のような料理人になりたいと夢を持つほどに料理も上手である。毎日朝早く起きてアパートで食事と準備をし、友達にバレないために家に帰り、家から友達と歩いて小学校に向かう。こんな生活が続いていた。これだけ私のために頑張ってくれた父をプレーで感謝を伝えるのが目標だったが、小学校6年生の1番大きな大会、勝てば県大会の試合で私がオウンゴールをして0ー1で負けた。今までどんな生活もなんとかなっていたが、人生で初めて本当に落ち込んだ。試合後1人で車に逃げて車の中で2時間ほど泣き続けた。色んな保護者が慰めに来てくれるが、話したくなくてどんな話も右から左に流れてく。頭に入らなかった。その日の夜、初めて父にカラオケに誘われてカラオケに行った。「栄光の架橋」を私に歌ってくれた。そのあとに、お前は悪くない。本当に悔しいなら切り替えてもう1度サッカーでやり返せ。と言ってもらった。そんな父、その後も支えてくれた仲間や仲間の保護者を感動させたいと思い、中学では遊びやジャンクフードのような誘惑からは完全に無縁の生活をし、毎朝5時に家を出て自主練して授業して自主練して練習して自主練して22時以降に帰るという生活が続いた。今だからわかることだが、人としても変わった。中学校では、勉強とサッカーだけをしていた。そんな私についてきてくれる仲間もいた。そして大成長し、全国3位、全国優秀選手という実績も得た。その時初めて父が泣きながら「感動した」という言葉を言ってくれた。そして、必ず高校でも成長して選手権で全国優勝してやるという目標ができた。また、「結果より仲間」が足りなかったから全国制覇できなかったと考え、学校でも友達を作り授業を楽しむようにした。しかし、高1は1年間怪我、高2の新人戦はスタメンで出るも、高3の夏に大怪我。諦めたくなくて怪我を隠しながら無理やり12月までやるもメンバー外。そして、何か頑張りたいから受験勉強するも2ヶ月受験で不合格。全てがうまくいかなかった。最後の最後でありこの時のための6年間である。だが、全てが失敗だった。そんな時に思い出したのが「結果より仲間」である。静学だけでなく入江の仲間、それに色んな偶然もあり入江小の友達にも久しぶりに会った。ユニバ、ディズニーなど色んなところに行った。色んな人に昔の自分がどんな人物か聞いた。1番多くの回答が成真=サッカーだった。また、母のせいで女性が怖かった。だが、そんな時に入江の女性がこんな自分に優しく接してくれた。この人たちなら昔のトラウマを払拭させられると考え、恋愛相談と言い、好きな人がいると嘘をついたりしてでも1週間くらいラインをしたり、もう何人か連れて遊んだりもした。まあ、私はほとんど無言ですみっこにいる感じだったが笑。たわいもない会話をしたり遊んだりして、楽しかった。小学校の頃を思い出し、母が嫌いなだけで女性はこんなに元気を与えてくれる大切な存在だということも学べた。そして入江のみんな静学のみんなを招待できるプロサッカー選手になりたいとも思えた。
また、県立子ども病院があったから今こうやってサッカーをできる私がいる。ただ、この病院には学校に行けない方々もたくさんいる。そんな中でサッカーが好きな子供たちと広場でパスをしたり日本代表の試合を見たりしていた。そして今でも自分のユニホームを着て過ごしてくれる子もいる。そんな子供たちをスタジアムに呼びたいというのも1つの原動力になり、決心した。
もう一度サッカーをやろうって。
今もヘルニアになり、治らないと言われた怪我をしながら毎日ストレスを抱えてサッカーをしている。それでもやめない理由は応援してくれる人がいるから。そのファンの1人目に父親がいるから。そして、県立子ども病院の患者さんや先生方、入江と静学の仲間、その保護者の方々、先生の方々をプレーで感動させるワクワクさせる元気を与える。そのために「おれは必ずエスパルスに入団し、日本一をとり、清水という街を明るくする。」という目標を叶えるため大学4年間頑張る。毎日リュックを持つだけで腰がとても痛かったり、自転車で立ち漕ぎする瞬間に腰が痺れて何度も転んだりしているがそれでも諦めたくない。それは、この過去があるから。そしてこの仲間との今、未来があるからである。必ず大学で高校の悔しさをバネにし、父親を感動させる。友達にも骨が分かってくれると言ってもらった笑。でも、そのくらい自分の骨を信じてやれるだけやってやる。
最後に、昔の母とのことや8月以降怪我をしていたこと は1、2人しか知らないことであるから、知らなかった人がほとんどあると思う。顔に出てる時があったのか、心配してラインしてくれたり相談に乗ろうとしてくれてありがとう。どうしても言いたくなかったから言わなかったがとても嬉しかった。本当にありがとう。最高の仲間に出会えてよかった。入江スタイルと静学スタイルを貫き通してやる。
静岡学園高校サッカー部 望月成真