キャンディーズが解散を決めた1978年。6月にサザンオールスターズが「勝手にシンドバッド』でメジャーデビューした。

 

 

この年の日本レコード大賞(第20回)を振り返ると、大賞が「サウスポー」「モンスター」と共に年間シングルチャートTOP3を支配したピンク・レディー最大のヒット曲「UFO」。作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一という当時の最強コンビが生み出した。

 

 

 

最優秀歌唱賞は作詞:阿久悠、作曲:大野克夫のコンビが生み出した沢田研二の「LOVE (抱きしめたい)」。ロックギターのアルペジオでなかなかにカッコいい曲だが、冒頭で「抱きしめたい」を4回も繰り返すのは少しクールな曲には合わず、冒頭でそのドキッとするずれを感じさせてくれるのもステキだ。沢田はその年の第29回NHK紅白歌合戦で、自身初の大トリを務めた。

 

 

 

 

この時代、この二人の影響力がいかに大きかったか、を物語る。何を隠そう、サザン自体がその一人であって、冒頭の「勝手にシンドバッド」は、沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンク・レディーの「渚のシンドバッド」を「2つくっつけただけ」らしい。元々は『8時だョ!全員集合』の「少年少女合唱団」コーナーで、志村けんがこの2曲を無理やり1曲にして踊っていたところから始まっている。

 

 

ポップス曲が紅白のトリを務めたという歴史的な78年に、ギャグから着想を得た生まれたデビューシングルは今や昭和と平成を橋渡しするサザンの代表曲となった。多彩な音楽が溢れていた様に思う。

今でこそAKB48とか何とかで、さらにその後ろに何とか研究生がいるとかで、贔屓にしたいアイドルは何十・何百といるが、その昔は両手くらいの選択肢が相場である。「ランちゃんか・スーちゃんか・ミキちゃんか」、と言うのはその中の代表格だ。現在は俳優の水谷豊を夫に持つ伊藤蘭、20年近い闘病の末に2011年に亡くなった田中好子、藤村美樹の3人で結成、伊藤が泣き叫びながら「普通の女の子に戻りたい!」と発言し1978年に解散をしたキャンディーズだ。

 

1977年7月17日に日比谷野外音楽堂で行われたコンサート終わりに3人が抱き合いながら泣きじゃくる。

「みなさん、私たち皆さんに謝らなければならないことがあります」「ごめんなさい」「私たち今度の9月で解散します」「私たちデビューの時から三年間はがむしゃらにやろうって決めてました。でもこんなにたくさんの皆さんが応援してくれたから私たちもう1年間頑張ろうってやってきました」「みなさん、本当にこんなにたくさんの皆さんが応援してくれているのに本当に、本当にとても悪いことだと思います。でも、でも、ひとりひとり旅立ちたいんです。みなさん私たちの気持ちわかってください」「私たちこれから皆さんの目には触れないところで孤独と闘いながら生きていきたいんです。普通の女の子に戻りたい」

 

 

ラストシングルは、「微笑み返し」は最初で最後のオリコン一位の曲となった。「春一番」「わな」「アン・ドゥ・トロワ」と歴代の代表曲のタイトルを歌詞にちりばめるという作詞者・阿木燿子の粋な計らいも含めて歴史に残る曲となった。

 

 

 

この曲に至るまで全16枚のシングルを出した。伝説と言う割にはそんなに売れたわけではない。有名なのは「年下の男の子」と「春一番」くらいだろう。にも関わらず、今なお人々の心に留まった、記録と言うより記憶に残った不思議なアイドルだった。

 

≪年下の男の子≫

 

≪春一番≫

 

 

 

1あなたに夢中(山上路夫/ 森田公一)

2そよ風のくちづけ(山上路夫/森田公一)

3危い土曜日(安井かずみ/森田公一)

4なみだの季節(千家和也/穂口雄右)

5年下の男の子(千家和也/穂口雄右)

6内気なあいつ(千家和也/穂口雄右)

7その気にさせないで(千家和也/穂口雄右)

8ハートのエースが出てこない(竜真知子/森田公一)

9春一番(穂口雄右/穂口雄右)

10夏が来た!(穂口雄右/穂口雄右)

11ハート泥棒(林春生/すぎやまこういち)

12哀愁のシンフォニー(なかにし礼/三木たかし)

13やさしい悪魔(喜多条忠/吉田拓郎)

14暑中お見舞い申し上げます(喜多条忠/佐瀬壽一)

15アン・ドゥ・トロワ(喜多条忠/吉田拓郎)

16わな(島武実/穂口雄右)

17微笑がえし(阿木燿子/穂口雄右)

椎名林檎のデビューは長野オリンピックが開幕した1998年に遡る。デビュー曲は、福岡に住んでいたときに交際していた男性のことを綴った楽曲『幸福論』だった。リンゴを主題とし無表情に横たわる椎名林檎が画面一杯に広がるPVはなかなか斬新なものだった。

 

 

 

さて、このシングルのB面に収録されていた曲の一つが『時が暴走する』である。本曲は『幸福論』より前のことを歌った曲の様であるが、おどろおどろしいバックミュージックと独特のコード展開で広がるこの曲は、正直ポップスと呼ぶにはあまりに斬新な世界観を持っている。今に繋がる椎名林檎の独自の世界観が20歳そこそこから存在していた証拠だろう

 

 

 

この曲で面白いのは、サビを「唸りあげた」後に突然にクラシックなバックミュージックが始まることだ。流れているのは、モーツァルトのピアノソナタ第11番 イ長調 K. 331 (300i)第1楽章。モーツァルトの中で代表的なピアノソナタ曲である。通常、ピアノソナタとは4楽章から成り立ち、うち1楽章はソナタ形式と呼ばれるテンポの速い音楽が普通だが、モーツァルトのこの曲はあえて3楽章にしたうえで、1楽章に緩やかなものを持ってきた。その斬新さを知ってか、知らずか20歳の椎名があえて入れ込んできたのが興味深い。

 

 

 

 

ちなみに、モーツァルトのこの曲は「トルコ行進曲付き」とよく呼ばれる。第3楽章が有名なトルコ行進曲だからだ。

 

 

 

行進曲でありながら、実はAmからスタートし、途中からAメジャーに発展していく。17世紀の後半にオスマントルコ帝国がヨーロッパに攻め入った時に、軍楽隊のメフテル(Mehter)が随行した、と言われている。日本では「Ceddin Deden」が最も有名であるが、ズルナと呼ばれる管楽器とダウルと呼ばれる太鼓で構成される民族音楽だ。これを聞いた後にトルコ行進曲に戻ると、なるほど特にAメジャーに切り替わった後、コードを時間差で押さえる左手の動きがダウルを表現しようとしていることがよく分かる。

 

 

 

こうしてクラシックとポップスが民族音楽を経て交差する。音楽にはボーダーがないということだろう。

 

その簡単なコード進行でキャッチ―な音楽を作り続けてきたスピッツの曲群はギター初学者にとっての入口として好まれる。中でもCメジャーで構成されている本曲は「チェリー」と並んで人気の一曲だ。エレクロポップを売りにしてきたねごとがこのアレンジを自身最後のシングルに選んできたのは実に趣深い。

思えば、卒業式の日に卒業生たちが学帽の白線とセーラー服のスカーフを一本に結びつけ川に流す岐阜県のとある行事「白線流し」をモチーフに作られた、卒業間近の3年生を中心とした男女7人の青春ドラマ『白線流し』の主題歌にスピッツのこの曲が選ばれたのが1996年のこと。一方で、彼女たちのアレンジ曲は、芝浦工業大学をモデルに、鳥人間コンテスト選手権大会の常連である同大学の人力飛行機チームたちの奮闘を描く青春映画『トリガール』に用いられた。2017年のことだ。約20年の時を経ても青春のメロディーが変わらずに生き続けているのはJ-POPが平成の名曲を断絶することなく受け継いできた証左だろう。

オリジナル曲はドレミミレドシド―シラ―という単純でありながら力強いギターソロが印象的であるが、他方で彼女たちのアレンジ曲はキーボードのポロンとした音や八分音符で刻むギターのバッキングが独特の泣きのコード進行をしており、ギターソロに対して独特の浮遊感を与えている。Bメロから入ってくるエレクトリックなコーラスも合い間って、空を舞っているぜ、って言うのを体全体で感じさせる不思議な曲となった。オリジナル曲にアイデンティティーを持っていかれることなく、彼女たちらしさが前面に出た曲だったと言えるだろう。

平成の時代は終わりにかけて、シンセサイザーの用い方がJ-POPにおいて発展した時代だった様な気がする。平成初期の名曲が平成の最期に新たな表現方法によってこうして生まれ変わったのは忘れがたいJ-POPの思い出である。

 

[コード] E♭メジャー

[ジャンル]ポップロック

 

 

日本で言うとコラムニストの深澤真紀がガツガツしていない今どきの若い男の子のことを「草食系男子」と名付けたのが2006年。元々は、恋愛に縁がないわけではないのに積極的ではない、と言う意味で使われ始めた様であるが、あれから10年を経て男性陣のナヨナヨぶりが強調され始める様になった。その逆、男の女々しさに呆れて勇敢に突き放す勇敢な女性達も出てきている。強い女性たちを見てみよう。

 

≪Marshmello & Anne-Marie – FRIENDS≫

謎の覆面DJ Marshmelloと組んだAnne Marie。タイトル通り、友達としてか思えないのにいつまでも付き合ってと付きまとってくるナヨナヨした男をズバッと切り落とす曲。アコースティックギターのアルペジオを基調としたカントリー調がより情けなさをあおる一曲。PVはパーティーが終わっても掃除をしながら居座り続けようとする男に対して、「Get out!」(出ていけ!)

 

 

 

≪Dua Lipa – IDGAF≫

別れないでって泣きつく男を切り捨てる曲。曲中にも文字通りCut off(切り落とす)という物騒な曲が出てきます。そもそもタイトルはI don’t Give a Fuckの頭文字。一つのFuckも与える気がないというのは、もう興味がないということを現しています。今どきの女の子の強烈さ。青と赤で構成される女性たちだけで織りなすPVがステキです。

 

 

≪P!nk - So What≫

So what=だから何?っていうのは、開き直るときにも使われる一言。歌詞もなかなか大胆な内容で、その内容から元夫キャリー・ハートとの間での離婚について触れたものではないか、とずっと巷で言われている一曲。私は今宵もロックスターなので、夫なんて要らない!と言う強気な女性が、チェーンソー持って大木を切り倒すPVにも前面に溢れる。

 

 

 

≪Ariana Grande - thank u,next≫

かつてアイドルに恋愛はご法度だった時代があった。彼女たちは恋愛をしないみんなのアイドルとして表向きは生き続け、裏でこっそり人知れず、一般にも届かない水準の恋を楽しんでいた。2018年突如出されたこのシングルは、その逆当時婚約を解消したばかりだったピート・デヴィッドソンや故マック・ミラーなど過去の恋人たちの実名を曲中に挙げながらタイトル「ありがとう、次にいくわ」というメッセージを送る内容。大胆な時代になったものである。

 

 

 

イングランド南西部のサマセット州の小さな村、ピルトンで1970年より続いている音楽フェスこそ世界最大との呼び声も高いグラストンベリーフェスティバルである。正式名称をGlastonbury Festival of Contemporary Performing Artsと呼ぶ様に、ロックに限らずあらゆるジャンルの現代的な芸術を集約したフェスだ。1970年頃に、イギリスで入場料を取らない様々なジャンルを融合した催しが盛んになった。これを一般にfree festival movementと呼ぶが、グラストンベリーフェスもこの影響を受けている。牧草の保護のために不定期にお休みを設けるのも環境保護に熱心なイギリスらしい。昨年はお休みだった。

メインステージに当たるのがPyramid Stage。このフェスは通常3日間行われるので、3人のアーティストがトリを務めるのが慣例だ。

 

2010年、Gorillaz(元々はU2の予定だった)・MUSEと続いて最終日にトリを務めたのがStevie Wonder。セットリストの最後にフェス誕生40周年を記念して持ち歌Happy Birthdayを捧げた。この時、出てきた方がこのフェスの創始者であるMichael Eavis。

 

 

 

 

2011年はU2 · Coldplay · Beyoncé、というラインナップだった。解説も言うように、ビヨンセはこのステージのトリを務めた初めての女性歌手。

 

 

 

 

2012年はお休みで、2013年はロックリバイバルのきっかけを作ったArctic Monkeys、伝統的ロックの伝道師The Rolling Stones、2000年後半に現れて一気にフォーク音楽で旋風を巻き起こしたMumford & Sonsと彩り豊かな布陣だった。

 

 

 

飾らず、威張らず、ありのままが素敵であるという美学。ドラマチックさには欠けるのかもしれないけれども、華美を削ぎ落とし、贅沢を求めなかった先に見える揺るぎない何かを、人は「純愛」と呼んできた。殊に結婚式というイベントは、恋愛中に生じた酸いも甘いも、見栄も虚栄も、全て乗り越えた先にある一代イベントであるから、そういう時にこういう控えめなラブソングが強大な威力を発揮する。ここぞ、という時に使いたい。

 

≪The Chainsmokers & Coldplay – Something just like this≫

ロックで名を馳せたColdplayと、EDMのブームの中で頭角を現したChainsmokersの異色のコラボが各々の良さを殺さずに完成させたドラム少なめのダンス兼ロックの音楽。スーパーマンの格好をした少年から始まるPVで、幼い頃に夢を見た様々なヒーローたち・・・ヘラクレス・スーパーマン・バットマン・・・を思い浮かべながら、I don’t see myself upon the list=自分という凡人はそのリストには載っていないと嘆くところに、あなたから「そんなスーパーな人は求めていないのよ」、と彼女からの優しい一言。

 

 

 

 

≪Bruno Mars – Just the Way You Are≫

初期の頃のBruno Marsによる代表曲。冒頭からバスドラムが4拍子で刻むので、それこそダンスミュージックの様なノリノリな躍動感があり、比較的盛り上げ上手な曲。ハイトーンボイスが綺麗に響くので、感動も同時に呼びやすく、色んな意味で使いやすい。Just the way you areは、「ありのままのあなた」ということ。サビの部分は「あなたの顔を見ると、世界の何も変わらなくて良いと思う。Just the way you areで良いのだ」ということ。カセットテープを使ってメッセージを伝えるPVはオシャレながら現代っぽくないレトロさも持っていて良い。パラパラ漫画を見ている様な懐かしさだ。

 

 

 

≪Glee – Just the Way You Are≫

この曲はGleeのシーズン2で使われた。比較的原曲に忠実な再現ではあるが、コーラスが入っている分、原曲よりややドラマチックな感じ。各人の好みで使い分ければ良いだろう。

 

 

 

≪Billy Joel – Just the Way you Are≫

元祖Just the Way You Areはシンガーソングライターのビリージョエルにより編まれた。この曲は日本語では「素顔のままで」と訳されている。当時の妻エリザベスに捧げられた正真正銘の等身大のラブソング。ボサノバ調のリズムにサックスのソロが響き渡る正しく泣きの一曲。

 

 

 

≪One Direction – What makes you beautiful≫

ワンダイを世界に知らしめた代表曲。タイトルの「あなたをBeautifulにさせるもの」というのは、自分のことをBeautifulだと思っていないこの女性の控えめさ。部屋にいる誰もがその美しさを見ているのにあなただけはそれを分かっていない(Everyone else but you)、そんな感じがあなたをBeautifulにさせるのだ、と言う現代っぽくないポップソング。一方で、PVは海岸を駆け回る若い五人集と美人な女性達で成り立っており、さながら男女七人夏物語の様な「軽さ」を持つ何とも現代的な若者ソング。その絶妙なギャップが良い。

 

 

 

結婚式の曲には候補が色々とあって悩ましい。よく使われる曲を歌詞とともに少し見てみよう。

 

≪Bruno Mars – Marry you≫

直截なプロポーズの言葉「Marry You=結婚してください」がタイトルとなった代表曲。「ドン・ドン」と一拍ずつバスドラムが刻むので、行進曲の様な勇ましさが出ており、入場・退場等、明るい場面に向いている。歌詞もWe are looking for something dumb to do=Dumb(くそみたいな・ばかげたこと)をやっちゃおうぜ!って比較的軽い曲。突然集団のダンスが始まる「フラッシュモブ」の定番でもあるから、余興に使うケースも多いそう。

 

 

 

≪Glee – Marry you≫

同曲はGleeがカバーしている。バスドラムの音がスネアに変わっているのと、カットギターの音が鐘の音に変わっているので、原曲よりは少しはっちゃけ感がマイルド。楽しさに少し感動を交えたい時に向く。ムービー系のバックミュージックって感じ。男女混声なので、男女どちらを指定するわけでもなく、ドラマらしい集団的なはっちゃっけ感が出てる曲。

 

 

≪Meghan Trainor – Marry me≫

女性目線のウェディングソングとして「Marry me=結婚してください」。プロポーズの主体は女性でありながら、ウクレレの様な優しいギターが包んでくれる非常に慎ましい曲。歌詞もウェディングケーキや結婚式のドレスなんて豪華なものなんて要らないわ、と言う大人しい内容なので、場面は選ぶ曲。歌詞を気にしなければ非常にオシャレなので、PVのマネをして正にエンドロールなんかにピッタリか、と。

 

 

 

≪Train – Marry me≫

男性ロックバンドTrainの「Marry me」。ギター一本のアルペジオが奏でるバラードソングの定番。こちらはWill you marry me?の省略なので、男性がプロポーズしている曲。結婚式での彼女の姿を見ながら感動する僕を歌う等、全般としてストレートに結婚したい思いが溢れるバラードなので、男性サイドでの感動シーンやエンディングで選んでみたい曲。PVは冒頭で色んなカップルの思い出話を振り返っている。

 

 

≪Maroon5 – Sugar≫

Maroon5が各自の結婚式にサプライズで登場するシーンを纏めたシーンがベースのPVということで、あらゆる結婚式で多用されるアップビートウェディングソングの定番。PV冒頭での「Let's do it=さぁ、やったろうか!」って聞こえるが印象的。 「Sugar」は、人生における甘さの比喩。あと一つの(少しの)甘さが僕の人生をより豊かにしてくれるから(Need a little sweetness in my life)、ぜひそのSugarを僕に付け足してくれないか、という内容です。現代的なプロポーズの形、でかつ、Theアメリカって感じ。

 

 

 

かつて民放テレビ局が持ち回りで放映していた年次の音楽番組がある。『日本歌謡大賞』だ。TBSの年末の恒例音楽賞番組『日本レコード大賞』はその歴史を1959年まで遡る。1959年と言えば、アイオワ州クリアレイク近郊に小型飛行機が墜落し、乗っていたバディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、J.P."ビッグ・ボッパー" リチャードソンの3人のロックンローラーが同時に亡くなった「音楽が死んだ日」(The Day the Music Died)の年。ロックンロールが死んだ年に日本で生まれた歴史的歌謡曲の賞、栄えある最初の受賞者は当時30代前半だった水原弘のデビュー曲『黒い花びら』だった。渋い声で歌っているが、「だから だからもう恋なんかしたくない したくないのさ」と歌うれっきとした恋愛ソングで、当時若い女性に受けたらしい。

 

 

 

このレコード大賞は、その後10年の間に知名度を得て、70-80年代に全盛期を迎える。この時に、TBS以外の他局が制作放映権の各局持ち回りを提案するもTBSから固辞されたため、立ち上げたのがこの『日本歌謡大賞』である。結局は今なお残るレコード大賞に比して、日本歌謡大賞は93年にその役目を終えるが、出てきた10年は正に歌謡曲が栄華を誇った時代そのもの。その歴史を追いながら、歌謡曲を嗜んでみたい。

 

≪第1回:藤圭子 圭子の夢は夜ひらく≫

宇多田ヒカルの実母として現代には名を知られた藤圭子の登場は激震だった。非常に可愛い面立ちは当時における「アイドル歌手」にふさわしいのだが、本曲でもテーマとなる「夜ひらく」という歌詞から始まる様に、「私の人生暗かった 夢は夜ひらく」とアンダーグランドな世界観をドスの効いた低い声で歌い続ける汚れ具合のギャップたるや。暗く影のある女性の心を歌った彼女の歌は、後に「怨歌(えんか)」とさえ呼ばれる様になる。

 

 

この曲の前に出た『女のブルース』と合わせて約半年の間、オリコンチャートのトップに居座った。1970年は間違いなく藤圭子の年だった。こんなに可憐な女性が夜の世界を堂々と表情一つ変えずに歌う。この年頃の女性が「あなたひとりにすがりたい、甘えたい、この命ささげたい」と言うのは想像も付かぬほどの衝撃だっただろう。杉田かおるが「金八先生」にて15歳の母を演じたのは1980年のことだから、話はあの10年前の時代である。

 

 

 

 

 

≪第2回:尾崎紀世彦 また逢う日まで≫

未だにものまねを含めて色んな場面で流れており平成世代にも比較的馴染み深い71年のミリオンセラー。作詞:阿久悠、作曲・編曲:筒美京平、という当時のヒットメーカータッグによって編まれた。同時に日本レコード大賞も受賞した日本が認める代表曲となった。立派なもみあげを携えた独特の男が腹の底からのスケールの大きい歌声を響かせながら「別れ」を繊細に歌い上げるギャップも印象的だった。

 

 

 

ところでこの曲の誕生には「下積み」がある。グループ・サウンズバンドのズー・ニー・ヴーがその前の年に歌った『ひとりの悲しみ』である。残念ながら全く売れなかったのであるが、このメロディーを忘れられなかった当時のプロデューサーが阿久悠に歌詞を書き直させたのだという。タイトル通り一人ぼっちの悲しみを歌ったこの曲、元々のサビは「こころを寄せておいで あたためあっておいで その時二人は何かを見るだろう」。

 

 

歌謡曲も試行錯誤だった。

1960年代にフランスで生まれたYe-Yeとは、英語のYeah Yeahに語源を持つフランスポップスの一ジャンルである。英米で大流行をしていたビートルズを始めとした英米でのいわゆるロックンロールに着想を得て、セルジュ・ゲンスブールの様な作曲家の前衛的な試みの元に誕生した。1959年から10年間続いたラジオ番組Salut les copains、その中のコーナー「今週のSweetheatな一曲」に取り上げられた柔らかな曲が大衆に広まり、それがYe-Yeソングの源流である。このラジオを象徴するのは、ラジオ内で使われたアメリカのメンフィスで生まれ、いわゆるメンフィス・サウンドを作り上げたといわれるR&B集団マーキーズのデビュー曲『Last Night』。

 

 

 

こうしたブームの中で名前を知らしめて行った若い女性たちはYe-Ye Girlと呼ばれた。

 

≪Tous Les Garçons Et Les Filles / FRANCOISE HARDY≫

今はギャルリー・ラファイエットやプランタン、ランセルといった百貨店の本店が立ち並んでいるパリ9区の出身。1962年のデビュー曲は英訳すると「All the boys and girls」と言ったところ。恋を知らない若い女の子が恋に対する憧れの気持ちを歌った柔らかな3拍子のポップソング。この曲から始まりハーディーはYe-Yeブームをリードした。この曲が象徴する様にYe-Yeソングはある種、無垢の曲(innocent songs)である。

 

 

 

 

≪Les Sucettes / France Gall≫

フレンチロリータの代表であるフランス・ギャルのヒット曲の一つ。『夢見るシャンソン人形』と同じくセルジュ・ゲンスブールが作曲を手掛けている。フランス語のSucettesは英語で言うLollipop(棒付キャンディー)だが、日本語では『アニーとボンボン』という不思議なタイトルに化けた。『夢見るシャンソン人形』とは打って変わり、ミディアムなテンポに乗った優しい曲であるが、ペロペロキャンディを舐めるギャルを前面に出すPVは実は下ネタの暗示だった。ギャルはこれを知らずに歌っていたというのだから、文字通りのInnocentである。

 

 

 

≪Reviens vite et oublie / Les Surfs≫

なお、Ye-Yeにはコーラス・グループという選択肢も存在する。マダガスカル出身の黒人兄弟で構成するレ・サーフスは同時代のフランスにおいて最も名の知られたコーラスグループ。