精神疾患の人が、季節・気候によって精神状態の変動を来すことはよく知られている。もっと短いスパンで、その日の天気により、気分の落ち込みや体調不良をおこす人もしばしばみられる。

 

 特に多いのは、広汎性発達障害=自閉症スペクトラム(ASD)タイプの人。ASDの人は、先天的な神経発達障害に伴い、感覚過敏があることが知られている。音や光に対する過敏性は、それだけで生活に支障がでやすく、精神的なストレス因子として大きい。近所で毎日道路工事の音がすれば、誰でもしんどいが、ASDの人は、日常生活のなかでそういう目にずっとあっているのに近い。

 

 これに似ていると思うが、「雨が降る前は、落ち込んで、気分も悪くなる」とか、という人もいる。つまり、体感覚の敏感さに由来して、気圧や湿度の違いに、身体的・精神的に敏感に反応して不調になる人たちである。

 

 ある若いASDの患者さんだが、対人不安や感覚過敏で引きこもりになっていた。幸い家族の勧めで受診して、セルトラリン50㎎にて外出できるようになり、作業所に通所するようになった。最初は週1日、それも半日だけの仕事だったが、励ましながら薬物療法を継続することで、徐々に自信を持つようになった。セルトラリンは75㎎で維持してからは、時に休むことはあっても、週3日間、フルタイムで働けるようになった。

 

 ところが、初夏になり「きつくて家から出れなくなりました」と仕事を1週間ほど休んだという。職場で問題でもあったのかと問うが、作業内容も変わらず、人とのトラブルもなく、「仕事は楽しい」とのこと。よく聞くと、梅雨入りの時期より、めまいや頭痛と共に、倦怠感など身体症状が出てきたようである。「雨の降る日は、朝から気分が悪く憂うつ」「頭痛もあって大変」。これまでも同様のことはあったが、仕事を休むほどではなかったものの、梅雨入りしてからは天気が悪い日が続き、耐えきれなくなった様子。

 

 セルトラリンを一時100㎎まで増量して、やや持ち直したが、朝からの出勤がしんどく、昼前からしか行けないという。

 

 そこで“五苓散”を使うことにした。

 

 五苓散は自分が最も好きな漢方薬の一つ。漢方でいう「気血水(きけつすい)」の「水」が滞った「水滞」、水分代謝が上手く行かずに生じる症状に効果がある。むくみをはじめ、頭痛、めまい、下痢などは、この「水滞」が関与している場合も多く、五苓散はけっこう効く。

 

 この患者さんには、五苓散を、寝る前と起床後の1日2包を飲んでもらうことにした。その結果だが、よく効いたのである。雨の日でも「朝起きたときのけだるさ、頭痛や不快気分」が半分以下になったという。月・水・金と1日おきに週3回の就労だったので、働いた次の日を休めば復調し、もとどおり週3日出勤できるようになった。そうして梅雨の時期を乗り越えることができた。彼はこの漢方をとても気に入ったことで、以後も、天気の悪い日の朝だけだが、ときどき五苓散を服用して、快適に仕事や買い物などに行けるようになった。

 

 このように天気が悪くなる時の不調は、水にまつわる変化、湿度はもちろん、気圧や気温の変化から、体内のあちこちで水分調節の不具合をきたすからだと思う。特にASDでは、感覚過敏がある上、そういう自立神経系の適度な調整が苦手だし。

 

 ちなみに通院している人ではASDでなくても、天気に敏感で、時に生活に支障をきたすという人にけっこう出会う。「次の日雨が降るか、自分の体調で分かります。天気予報より正確です」という人や、「台風が来るときは、その前から重苦しく嫌な気分で、めまいもするし、仕事になりません」という人もいる。こういう人たちに五苓散を勧めて、喜ばれることも多い。