腹痛と吐き気です…なんでこんなことに…
いつものケアマネさん+地域包括センターのセンター長という方も同席しての話し合いでした。
母はここぞとばかりに話し始め、オヤジに対して困ってること、愚痴。長々と、こっちが黙ってるといつまででも話す勢いで。
それはまあいい。普段思ってること、困り事を話す場なのだから。
ただ、ずーーーっと聞いていて思った・分かったことは、母はやはり良いように話してしまうんだということ。
こういう時はすこしオーバー気味にでも話した方が分かってもらいやすいのに、“かなり”と言うところを“少し”だったり、“いつも”というところを“たまに”とか。
オヤジのことで毎日毎日愚痴って困ってるはずなのに、“時々なんです”だとか“そういうところもあります”などと柔らかい表現をし、時折笑いながら話す。
いやいやいや…笑い話にしてるレベルじゃないはずだよ!!!と隣で聞いてる私は終始思って腹立たしくなりました。私が実家に行けば、ネチネチと愚痴ばかり言ってくるくせに。
ああ、この人も世間向けに良い顔する人なんだ、と。
私だけが必死になってオヤジについて説明していましたが、母がそういう感じなので、私はひとり何か浮いてる風になってしまっていた気がします。
母と妹は笑いを交え、センター側の人と楽しげに話していて、真剣になってる私は馬鹿らしくなりました。
妹は他人事なのでそりゃそうです。深刻さは微塵もない。実際に手を出しているわけではないのでどれだけ大変か全くわかってない。さも真剣に考えてる顔をしていましたが。
その光景を見ていて、“母親のため”と今まで何年も頑張ってきて、救急車で運ばれたりするほどのストレスを抱えてきた私ってなんだったんだ?!って。
話し合いの途中から気分が悪くなり、吐き気・腹痛も伴ってきて、話を聞いているどころではありませんでした。
結局、センター長さんの助言で、明日、ケアマネさんがオヤジに病院受診の勧め、お金の管理についてや運転免許返納のことなど直接話してくれることになりました。
すんなり進むとはとても思えませんが…ありがたいと思います。
母は饒舌に、自分がオヤジの世話を甲斐甲斐しくやっていること、これからの生活・お金のことなど、常に自分はオヤジに改善するよう言っているがいっこうに聞く耳を持たないこと、とにかく自分は目が不自由ながら、より良い今後のために動いていると、ある種“自慢”のような感じで饒舌に長々と話していました。
私に言わせれば、そういう良い風な話をしているから、今年の介護認定も要介護から要支援にダウンしたんだ、と言いたい。
話し合い約1時間半。終わる頃には腹痛がどうにもならず、やっとの思いで帰宅しました。
今日感じた・分かったことは、私は“母親がかわいそう、私が助けてあげなければ!”と幼い頃からずっと思って育ってきたけれど、それは違ったんだということ。
あまりにも素直に真面目にストレートに母親の言葉を間に受けていた。私もオヤジのモラハラでとても辛い思いをしてきたので、母親もその辛さから守らなければ!救わなければ!と自分の人生を犠牲にしてまでやってきた。
だけど、オヤジとの問題は、母親が自分で向き合わなければならないこと。私が間に入る必要は無かった。母親はそのことに向き合わずずっと避けてきた結果が今を招いているのだということ。
私が助けなきゃ!と思う必要は全く無かった。
母から不平不満を聞けば、気になって気になって、なんとかしないと!と思って頑張ってきてしまった…
なんて馬鹿馬鹿しい。
親から自分を解放する。
腹痛・吐き気は、帰宅して2時間横になっていたら治りました。食欲も復活しました。
やっぱりストレスハンパない。