わたしらしく

わたしらしく

自分を知る。自分を好きになる。自分を生きる。

敷かれたレールの上を歩くような人生。就職したあたりから、自分自身や置かれている環境、周囲の人々との間に何か違和感を感じるようになり、気が付けばずっと“自分探し”をするようになってました。今やっと思うことは、“その悩みは私に課せられるように決まっていた。それを乗り越えること、それこそが私の人生なのではないか。”ということ。そのためにも“自分を知る”ってとても大切です。わかっているようでなかなかわからないのが自分。自分の本当の心の声に耳を傾けて!

卒アルの件から、


まったく立ち直れず。


普通にしてると泣けてきて。


夜、布団の中に入っても、これまた気持ちが溢れて、眠ることも出来ず。




さっき、母に電話して、別件の話をしたあと、


『あのさ、これからモノを捨てるときはあたしに必ず確認してからにして。』と伝えた。


卒アルや写真以外は、『宝物』と思われるモノは実家にはもう無いと思う。たとえ誤って捨てられても諦めが付くものだけだと思う。


だけど、万が一のことを考えて、母に伝えた。


すると、『わかった』と一言。なんだか、不服のような声色で。


そこで私も、『捨てていいものかどうかわかんなかった?アルバムって(手触りや見た目)普通の本とかと違うよねぇ?』と言うと、


『わかんないよ!あそこにあったモノは(捨てても)いいと思ったらから!』


ええっ?!開き直り?!逆ギレ?!


謝るとかないんだ?!


わざとじゃないにしても、ひとの大切なものを捨ててしまったんだよ?ごめんの言葉もないの?


まさか開き直られるとは夢にも思わなかった。


今まで母の入院から介護手配、頼まれごと、買い物、もろもろずっとやってきて。庭の手入れの手配も、粗大ゴミの収集・廃棄も、どれだけ大変だったか。


わざとやったことじゃないのはわかってる。


だけど、ごめんの言葉もないって、こっちの心の痛みを考えてもいないのか。


悲し過ぎて涙も出ない。




ほんっとに悔しい。悲しい。


ひとの大事なものを捨ておいて開き直り?逆ギレ?






時間が癒してくれるのだろうか、、、、、







昨夜は眠れませんでした。


大切にしていた、二度と手に入らないものが捨てられてしまった事実を、何度も何度もかんがえてしまい。


悲しみと悔しさと…泣けてきてしまった。


小学校時代…自分が一番自分自身でいられた時期の、イキイキした思い出が、全て無くなってしまった事実を、


どうやったって受け入れることも、納得することも出来なくて。




考えていたら、それ以外にも、プライベートで撮った写真が収められていたファイルも全て廃棄されてしまっていたことに気付き…


あの頃の写真が一枚も無い。


転校した親友、好きだった男子、優しかったあの子…もう名前もうろ覚えで、この先会うことも叶わない人たち。


悲しすぎる。


あの子の下の名前、なんて言ったんだっけ…


…思い出せないえーん




初めて友達と行った海外旅行。


その後も毎年どこかの国を訪れていた。


自分たちはどんな服を着て、どんなところへ行って、どんなものを食べて、どんな部屋に泊まって…


覚えてないよ。


見返して懐かしむことも出来ない。


あの頃の自分…どんな感じだったんだろうか。


わからない、わからない、わからない。




収拾のつかない気持ちをブログに吐き出すしか、方法が見つからない。




神様、こんな仕打ちを受けるのはどんな意味があるのでしょう…





何度も書いてますが、実家はゴミ屋敷で。


目の不自由な母親が、せっせと父親のゴミと思われるものを捨てています。


家がゴミ屋敷なので、そこに住んでる母はキレイにしたくてしょうがなくて、日々捨てたくなるのは痛いほどわかります。


ですが!!!


この前から私の探してるものがあって。


それは卒業アルバム。幼稚園から高校までのもの。


友達から『見せて』と頼まれ、『あたし持ってるから今度見せるね!』ということで実家に取りに来たのです。


けれど、あると思っていたところに無い!


えっとー…確かにココにしまっておいたはずだよねぇ…


一抹の不安がよぎりました。


まさか、まさか、まさか…


母親に聞くと、『捨てた覚えはないよ』との返事。


ただ、母は目が不自由なので、手探りで処分しているのです。なので、捨てたとも捨ててないとも確かなところはわからない。


でも、ここに無いということは、捨てられたということ。


実家で母以外処分する人はいないので。




あまりにショック過ぎて、この気持ちをどうすればいいのか全くわからない。


私の中で卒業アルバムだけは、何があっても絶対手放さないものでした。だって、二度と買い直すことは出来ないから。二度と。


私の大切な大切な思い出が詰まっていた。


小・中学校なんて、まさにそのアルバムでしか見られない写真ばかりで。運動会、遠足、修学旅行…


私の大切な思い出が捨てられてしまった。


高校とかだけじゃない。幼稚園から高校まで全てのアルバムが…


もうショック過ぎてどうしていいかわからない。


自分で処分するならそれは納得してだからいいのでしょうが、でもそうじゃない…


この気持ちをどうすればいいのか…


形あるものは壊れる、いづれ自分が亡くなるときは嫌でも処分することになる。


こんなことになるなら、もっと早い段階で自分の手元に置いておくべきだった。


実家が汚部屋だったばっかりに、大事なものが既に取り出せない状態になっていて持ち出せなかったのも本当で。


だから、元をただせば、溜め込みゴミ屋敷を作り上げたオヤジが元凶。


わざとじゃない母を責めたところで既に無くなったものは戻らない。




涙が溢れる。


私の一番良かった時代…幼稚園・小学校・中学校の思い出を、もう二度と見ることが出来ない。