また一つ、金融市場(きんゆうしじょう:株式や債券などの売買を行う場)の信頼を揺るがす事件が明るみに出た。令和7年3月11日、金融庁の証券取引等監視委員会(しょうけんとりひきとうかんしいいんかい:金融商品取引を監視する機関)が発表したのは、株式会社オウケイウェイヴ株券を巡る内部者取引(インサイダー取引:未公表情報を利用した不正な株式売買)事件である。長年機関投資家(きかんとうしか:銀行や保険会社、投資ファンドなど大規模資金を運用する投資主体)として市場と向き合ってきた者として、このニュースには静かに大きな失望を感じざるを得ない。本稿では、この事件の内容を精査・分析し、なぜこれほど憂慮すべき事態なのかを述べていきたい。

事件の概要と経緯

本件は、Q&Aサイト「OKWAVE」を運営する株式会社オウケイウェイヴ(名古屋証券取引所上場:名古屋にある証券取引所)を舞台に発生した典型的なインサイダー取引事件である。金融庁の発表資料などから事実関係を整理すると、主なポイントは以下のとおりだ。

  • 犯則嫌疑者: 佐久間将司容疑者(53歳)。株式会社エムズ・コンサルティング代表取締役社長で、元公認会計士(こうにんかいけいし:会計監査を担う国家資格者)。オウケイウェイヴ社と財務アドバイザリー契約を結び、同社の内部情報に接する立場にあった。

  • 重要事実の発生: 2022年4月、オウケイウェイヴ社が資金運用を委託していた投資会社から約49億円もの預託金と運用益を回収不能とする恐れが生じた。同社はこの深刻な事実を同年4月19日に公表し、約49億3300万円の債権が取立不能または遅延のおそれがあると明らかにしている。これは当時の総資産91億円余りの企業にとって存続を揺るがす巨大損失であった。

  • 不正行為の内容: 佐久間容疑者はこの未公表の重要事実を4月中旬頃に知りながら、事実公表前に海外法人2社名義でオウケイウェイヴ株式11万株を売却した。売却総額は約3,400万円にのぼり、証券会社を通じ名古屋証券取引所の市場で密かに売り抜けていた。

  • 損失回避の疑い: 上記株式売却は、同社株価の急落による自身の損失を回避する目的で行われたとされる。実際、重要事実の公表後に株価は急落し、3月中旬~4月中旬の平均株価約340円が公表後の5月11日には115円程度まで下落している。仮に佐久間氏が売却せず保有を続けていれば、約66%もの評価額減少により約2,200万円もの損失が発生していた計算になる。

  • 告発・起訴: 証券取引等監視委員会は令和7年3月、本件を金融商品取引法(きんゆうしょうひんとりひきほう:日本の金融市場を規制する法律)違反(内部者取引)容疑で東京地方検察庁(とうきょうちほうけんさつちょう:東京を管轄する検察庁)に告発し、本発表に至った。東京地検特捜部(とうきょうちけんとくそうぶ:知能・経済犯罪などを捜査する部門)は同容疑で佐久間氏を起訴しており、関係者によれば本人も起訴事実を認めているという。

以上が本件の基本的な事実関係である。オウケイウェイヴ社の経営を揺るがした49億円もの債権棄損リスクが、公表前に関係者によって密かに株式市場へと伝搬し、一般の株主が知らぬ間に不利益を被る構図が浮かび上がる。不正の舞台裏には、企業と契約関係にあった人物による裏切り行為があったことになる。

金融商品取引法違反と法定刑

言うまでもなく、上述の行為は金融商品取引法の内部者取引規制(インサイダー取引を禁止するルール)に明白に違反するものである。未公表の「重要事実」を知りながら株式を売買することは、同法第166条で厳格に禁じられている。不正が行われた2022年当時、佐久間容疑者はオウケイウェイヴ社と契約関係にあり、まさに内部者情報の受領者という立場だった。それにもかかわらず、自社株の先行売却という行為に及んだことは法に照らして擁護の余地がない。

証券取引等監視委員会の告発を受け、司法当局は本件を刑事事件として立件している。金融商品取引法はこの種の内部者取引に対し5年以下の懲役または500万円以下の罰金(併科も可能)という法定刑を定めている。最大で実刑が科され得る重い犯罪行為だ。ただし、金銭的制裁の上限である罰金500万円という額は、前述のように容疑者が免れた損失額(数千万円規模)に照らすと物足りなさも感じられる。仮に罰金刑のみで済むようなことがあれば、約2,200万円の損失回避に対して500万円以下のペナルティで済んでしまう計算であり、抑止力として十分か疑問が残るだろう。法は公正な市場(情報格差や不正がない透明な取引環境)の維持のためにある以上、裁判所には厳正な対処が望まれるところだ。

機関投資家から見た裏切りと失望

本件は一人の契約先経営者による違法行為であると同時に、市場全体への深刻な裏切り行為でもある。機関投資家の立場から見ると、市場の公正性が踏みにじられた点に強い憤りと悲しみを感じる。株式市場は本来、全ての参加者が平等な情報に基づいて取引することを前提として成り立っている。ところが、内部情報を知り得る者がその立場を悪用し、自らだけ損失を回避しようとするならば、残された一般の投資家は不意打ちを食らい大きな損失を被ることになる。これは市場の信頼を根底から損なう行為だ。

特に看過できないのは、容疑者のプロフィールである。佐久間氏は元公認会計士という金融・財務のプロフェッショナルであり、本来であれば高い職業倫理と責任感が求められる人物だったはずだ。さらにオウケイウェイヴ社の財務アドバイザー契約を通じて経営に関与し、同社から信頼を寄せられる立場でもあった。それにもかかわらず、内部者情報を利用して自己の損失回避を図ったという事実に直面し、機関投資家として深い失望を禁じ得ない。専門家であり信頼されるべき立場の者が規律を破ったことは、金融界全体に暗い影を落とす。

加えて、本件の背景にあるオウケイウェイヴ社の経営危機そのものも重大だ。同社は約49億円もの資金を外部に預けた末に回収不能の恐れが生じるという、経営存続に関わる不祥事を抱えていた。この問題の公表により株価は暴落し、多くの株主が損失を被った。それにも関わらず、公表前に内部者がひそかに株式を売り抜けていたという事実は、他の株主に損失を“押し付けた”ことに他ならない。実際、本件では元代表取締役社長の松田元氏までもが問題発覚前に自身の持株を大量に処分し、保有比率を21.88%から0.08%にまで激減させていたと報じられている。経営トップ経験者でさえ、会社の危機に際して自らの株を手放していたという事実に接し、業界の一員として暗澹たる思いを抱かざるを得ない。内部に精通する者たちが我先に逃げ出すかのように行動していた様は、企業倫理(きぎょうりんり:企業が守るべき道徳や規範)の崩壊を示すものだ。

このようなインサイダー取引や経営陣による疑義ある行動は、市場の健全性に対する深刻な脅威である。公正さへの信頼が失われれば、投資家は市場から離れてしまいかねない。実際、機関投資家は厳格な情報開示とコンプライアンス(法令遵守)を重視しており、こうした裏切りが続けば日本市場に対する評価は低下し、資本コスト(企業が資金を調達する際に要する費用)の上昇や株価の低迷といった形で他の企業にも負の影響が及ぶだろう。折しも日本では市場改革やコーポレートガバナンス(企業統治:企業を適正に管理・監督する仕組み)強化に力を入れている最中だが、今回の事件はその流れにも水を差しかねない。海外投資家から「日本市場は依然として内部者に甘いのではないか」と懸念されるような事態は避けねばならず、業界全体で緊張感をもって再発防止に取り組む必要がある。

終わりに:信頼回復に向けて

資本市場の根幹は信頼である。その信頼が裏切られるたびに、市場は活力を失い、真摯な投資家ほど傷つけられる。今回明らかになった内部者取引事件は、機関投資家である私にとって誠に残念であり、憂慮すべき出来事だった。市場関係者の一人として、再発防止に向けたより一層の取り組みを強く求めたい。同時に、二度とこのような悲しい裏切りが起こらないことを切に望む。しかし今はただ、長年培ってきた市場への信頼が大きく傷つけられた現実に、静かに深い失望の念を拭えずにいる。


参考資料

  1. 「株式会社オウケイウェイヴ株券に係る内部者取引事件の告発について」
    URL: https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2025/2025/20250311-1.html

  2. 「元公認会計士を起訴 Q&Aサイト会社の株めぐりインサイダー取引か」朝日新聞
    URL: https://www.asahi.com/articles/AST3D2S9HT3DUTIL02FM.html

  3. 「OKWAVE運営企業の株を不正売却 インサイダー取引の疑い 公認会計士を逮捕 - coki (公器)」
    URL: https://coki.jp/article/news/47243/

  4. 「50億円取立不能のOKWAVE、問題発覚前に元社長が大量の株式を売却 | M&A Online - M&Aをもっと身近に。」
    URL: https://maonline.jp/articles/okwave-20220422

  5. 「オウケイウェイヴに対する証券訴訟の調査を開始」
    URL: https://yma-law.jp/news/okwave/