一昨年の10月に園見学の際、初めて会って少し話すことができた。そしてすぐに分かった。

「私はこういう人になりたい」
「この人の側にいたい」

職場のJさんのことだ。






周りをよく見て、自分がリードしていく瞬間をしっかりと見極めている。
場を感じとるのがとても長けている人だ。
もちろん、見守る距離感も、側から見ていて、とても安心するもので、一つ一つの行動に意図や願いがあるということが伝わる。


なんと、春から、同じクラスをもつことになった。


Jさんは誰よりも早く動く。
年齢は私よりも15歳ほど上なのだが、私なんかよりも素早く、判断も早く的確で、第一印象から、ハツラツとしていてとても気持ちの良い人であることが認識できる感じ。
移動は基本走っていて、目が合うとニコッと笑顔を見せる。


話始めて、「あれ?」ということがあると、立ち止まり、『おかちゃんはどう思う?』と、聞いてくれる。Jさんも、意見を持っていて、でも、押し付けるでもなく、過信するでもなく、「こういう考えもあるのかなあ」「私はこう思っちゃうけど、それもあるね〜」と、ゆるゆるとしかし、どっしりと構えた視点や価値観、思考を対話していくことがあった。

私はその時間が好きだった。

謙虚。でも、自己表現も同時にする。
吸収することしかできない自分からしたら、謙虚でありたいと志す自分からしたら、自分の表現も逃げずに怠らずに向き合ってしていくことこそが、相手に対して謙虚であることなのではないかと思わせてもらった。
話すたびに気づきがおおきかった。

どんな人にも合わせられる。
もっと話していたいと思ってしまう、居心地の良さを持っている。Jさんの話は面白いので、休憩する部屋が、Jさんが居るとパァッと数トーン明るくなるみたいに感じる。それくらい、オーラもあって、話し方も魅力的で、楽しい人なのだ。


Jさんと一緒にいると毎日が学びだった。
職場にいる時間が好きだった。
外に行くと「やっぱり気持ち良いわ〜」という心の声みたいなものを素直に出せる人で、更に好感が持てた。

心が疲れた時は、「ふぅ〜ちょっとバタバタしちゃったね」と、みんなが聞こえていない時にコッソリつぶやいてきた。
感情のコントロールもできる人だった。
職場では演じることもあると教えてくれた人だった。素直な人で、正直な人で、好きなものに対しては特に、努力してる様を見せずに、サラッと簡単に力を抜いてやってみせる人。
人を自分に惹きつける、周りに人が寄ってくる、そんな言葉が似合うなぁと思って何度も何度も憧れてしまう。



Jさんは、目力が、あった。
吸い込まれそうになるな、と思って。時には引き出され、時には良い緊張感を持ち、安心感に満たされ、そして、正直言えば苦手だなぁと思う時期もあった。
今の自分では、なさけなくて、この眼差しで向けられると涙が出てしまうなと。見合うことを恐れてしまったのだ。
相手は向き合おうとして待っていてくれているのに、どうしてもどうしても、今は厳しいなという時間がある程度あって、自分自身の環境も整理できず、本当にあの時はどう接して良いのかわからなかったのだ。二人きりで話したいとあれほど願っていたのに、二人になると何となく心がこわばってしまう感覚。素直に悲しかった。

全く相手は悪くない。
自分自身の問題なのに、自分をさらけ出して、見られることが嫌でしょうがなかったのかもしれない。自分の弱さを見せて、嫌いになられたらどうしよう。面倒な奴だと思われないかな。本当は私のことどう思っているのだろうか。

不安だったんだと思う。




でも、好きだった。
できれば、もっともっと、知りたかった。

ご家庭を持っているJさん、
忙しそうなJさん、
きっと職場では見せないけれど、日々パワーを使って消費してるかもしれないJさん、
好きな気持ちは持ちつつも、それ以上に迷惑をかけたらいけないと思った。

だからどうやって、どんな方法で、私のもっている気持ちを伝え、Jさんの気持ちを知り、双方をすり合わせていくのかわからなくて、悩んだ。
そんなのは傲慢だとおもいはじめた。「諦める」ことで、感情を調節しようとしていた自分がいた。

本当は引き止めて、もっと話したい。
保育の話も、そうじゃない話も、たっぷり聞きたい。どんな人か知りたい。

けれど

そういう感情は、職場、には、要らないのかもしれないと。
今まで経験したことのないニンゲンカンケイ、のような気がして、私にとってはとても難しいことだった。


仕事ってなんなんだろうな。
そこで出会った人たちとは、どう距離感を持つべきなのか。

話が重なってしまうけれど、今まで、22年間の人生、好きだなとビビッときた人に対し、ノーブレーキだった私からすると、めちゃくちゃアプローチばかりを仕掛けてしまう私からすると、これはやはりとても悩ましかった。


さらに、ちょうどその時期、職場で一度だけ、Jさんと話してる途中に、自分の不甲斐なさゆえに感情が溢れ出て泣いてしまったということがあった。
Jさんは、なにかを考えている表情だったような気がする。冷静で真剣で、目を見て話を聞いてくださり、スッとティッシュを渡してくれた。
受け止めてくれた。嬉しかった。
しかし、その帰り道、これまでで一番めちゃくちゃに後悔した。
自分をさらけ出してしまったこと、本当に良かったのか、引かれたんじゃないか。
どう思われたのか分からなくなり、色々と想像するとまた不安になってしまった。

そのことがきっかけで、とうとう疲れてしまい、自分のネチネチとしていた感情を「置いておく」ことをし始めようと試みた。もちろん、どうするべきなのか、それすらも分からないため、考えて頭を抱えることもありつつ、まずやってみていた。
だんだん、自分は、社会不適合者なんだなぁ、きっと。と、自分のことを冷静に見るようになっていた。


変わらないこととしたら、

それでも、日常は止まってくれない、という事実だった。




  





あっという間に、年度末に突入しようとしていた。溢れ出そうな感情に折り合いをつけることを、以前よりも少しだけ、できるようになっている自分がいると感じていた。苦しくはなくなっていたので、そればかりに気を取られなくてよくやっていた。

ある時、職場で園長の提案により「焚き火を囲む会」があり。私はウキウキで参加予定。

昼過ぎに、Jさんから、『おかちゃんも行くのー?』と声をかけてもらい、いきますよーと返すと、『私、魚もっていこーかな』と、驚きの発言があった。
そして焚き火の会が始まり間も無くして、Jさんがお子さんと一緒に本当に魚を持って登場した。

串に刺すところを、慣れている息子さんに教えてもらい、そして、焚き火で焼いて食べた。
娘さんとは、私の車に積んでいたシートで築山を滑って何度も何度も「きゃー!」と大盛り上がりになった。


その夜は、とても、嬉しい時間で、私はこんな楽しい時間があるのか?!と、信じられないくらいだった。
そのあと1ヶ月半ほどの同じクラス担任としての時間。毎日が今まで以上に、安心感の元で、自分を表現も忘れずにしながら、心にゆとりを持って子どもと関わっていけた気がする。
少なくとも私的には、とても良い時間だった。



職場であれほど悩んでいたことだったけれど、
(悩まなくてよかったはずなのに自分で自分を追い込んでしまったこと)
あれほどザワザワしていた感情が、

一気に、すごく軽やかにフワッと跳ねて飛んでった、みたいな。
スッキリ、とはまたちがうけれど、軽くなって、また静かに、柔らかに私の中に落ち着いた。
そんな感覚に陥った。

つまりは、また。やはり。
自然と遊びと「のんびりとした空間」に私は助けられたということだった。

あえて、あの日泣いてしまったことや、半年近く悩んでいたことは、掘り返してJさんに伝えようと全く思わなくなり、とても良い塩梅で自分の体内に消化されていった。
感情の擦り合わせや、距離感の保ち方、作り方。私は机の上で座って向かい合い話す時間よりも、焚き火を囲って目を合わせていなかったとしても。同じ方向を見て炎の揺れをぼんやりと眺めながら、言葉を交わさずしてもそれが生み出せることを知った。楽しい時間の共有、心地よい、落ち着く空間を共にすること。

それが、あの時、できてよかった。





Jさんのお子さんのこと、
職場以外での姿、
プライベートな時間をお互い見せて、
その人の人間性により触れた時、


私は安心するのだと思う。


でも、誰しもがそれを一緒に仕事する人と出来るわけでもないように思う。
状況によっては難しいのかもしれない。
それでも、私は、一緒に働く・シゴトをする人とは、より良い仕事をするためにも、自分のことをより開示できる環境があると良いなと思った。

組織としてそれをするのって、結構難しいのかもしれない。トップからの指示として、強制的になると、やはり違うし。
そういうのも含めて、どういう形がベストか、話し合える風通しの良さをもっていると、一番良いのかな。
少なくても私は、そういう環境の方が、わくわくする。今後も、こういう場を作る一人でありたい。


一番下っ端だからといって、
表現することから、逃げないように。
あの日涙が出てしまった時のことを、しっかりと忘れないように。

Jさんと1年間、同じ担任として関わらせていただいたことへの感謝を行動として、確実に示していきたい。自分自身が、自分を認めていけるように。



このJさんとの話には、続きがあって、ここでは表せない嬉しい出来事がこの後もあったのだけれども、ただの惚気なのだけれども。
それは個人的に聞いてください笑
良い関係をJさんと持てている気がします。
いろいろすり合わせていけば、お互い手探りだっただけなのかもしれないけれど。でもあえてそれを言葉にして交わしていくのは、野暮な気持ち。それをしなくても今は十分だと思えるようになった。
もちろん、関係性の変化や私の捉え方の変化だけでなくて、リスペクト度も更に変化してる。日々増してる。

あんな風に私もなりたい!ので、まだまだたくさんの経験をして、人と関わり続けていきたい。






オンライン飲み会に最近はまってます。
Jさんの魅力話、誰か聞いてくれー!笑
私にも、あなたが魅力的だと感じている人の話を聞かせてほしい。