みなさん、大変ご無沙汰しております。
しろくまでございます。
2009年に不妊治療をスタートして、3度の転院を経て、顕微授精により2014年に男の子、2018年に女の子を授かりました。
40代での子育ては、それはそれは非常にきついです。特に体力的にきついです。40代後半にして授乳中、それと同時にそろそろ更年期の症状も自覚していたりと、一体ホルモン状態はどうなっているのかしら?と不思議でなりません。
とにかく、その日その日をなんとか乗り越えるだけの毎日です。
現在、お兄ちゃんが小学一年生、下の女の子が2歳です。
二人ともを、とても愛しています。
とっても可愛く思っています。
でも、なぜか、幸福感がないんです。
とにかくこどもたちを大切に思っています。いくら心配しても、し足りない。出来ることはなんでもしてやりたい。
ただ、そうは言っても、体はきつい。思うような母親になれず、家事も滞り、日常生活に支障をきたすレベル。
徐々に精神的にもきつくなりました。
自治体などの子育て相談に足を運んだり、婦人科で更年期のお薬をもらって飲んでみたり、カウンセリングを受けたり、精神科にも行ってみました。
どこに相談しても、誰に相談しても、Webや書籍などでいくら情報を探しても、これだ、という答えが見つからず、余計に思い悩むばかりでした。「もうこれ以上頑張れない。でも子育てから逃げるわけにはいかない」そんな気持ちで日々暮らしていました。
そんな折、ある知り合いから「10年前後子宝に恵まれなかった後に授かった2児の誕生。かわいさのあまり、過保護になりすぎませんように。」という言葉をいただきました。
なんか違う。
そうじゃない。
そう感じました。でも。
ん?違うのって、何が違うんだろう?
そうじゃないって、何がそうじゃないんだ?
なんだろう、なんだろう、と考えた結果、分かりました。
今まで蓋をしていた自分の想いに、やっと気がつきました。
私の心のなかには、今育てている2人のこどもの他にも、同じくらい愛しいこどもがいる。今はもう消えてしまったその子たちのことを、とても大切に思っている。不妊治療中に、消えていった大事な大事な受精卵たち。医学的にも、社会的にも、受精卵はこどもではありません。
でも、私にとってはこどもだった。そういう気持ちを持っている事実に気がつきました。常識に囚われて、自分の心に沸いたその感情を、押し殺してしまっていたのです。
不妊治療中に感じていた辛さは、「また妊娠しなかった」という残念な気持ちだけではなく、大切な我が子を次から次へと見送る経験であり、そのことを「だめだった」とだけ認識して、次へと切り替えなくてはいけなかった日々が辛かったのだ、と分かりました。
不妊治療だから、顕微(&体外)授精だから、受精した瞬間から成長を見守ることが出来てしまいました。そこにはもう我が子を愛する心が芽生えていて、成長がストップすることは、こどもを失うことと同じだったのです。もちろん、これは一人一人、感じ方も考え方も異なっていると思います。同じように感じる方も、全く違う解釈をしている方も、どちらもいらっしゃると思います。私みたいに重く受け止めすぎちゃってるパターンは少数派かなあ、とも思います。
上の子の妊娠が確認されたとき、つまり、初めての妊娠の際、とても嬉しかったのと同時に、それまでの受精卵たちと同じように、いつ失われるか知れない、という不安を抱えているままでした。その不安感は、妊娠中も、出産のときも、生まれたあとでも、ずっと消えずに続きました。生後6ヶ月のハーフハースデーのお祝いをしたとき、「さすがにそろそろ少しは安心してもいいのかな」と思った記憶があります。妊娠に至った子も、至らなかった子も、私にとっては同じだったのです。
二人目の子は4つかかったクリニックのうち、3つ目のクリニックで凍結保存していた卵ちゃんでした。保存期限を二度(三度?)延長する間、次のクリニックでの治療で妊娠したお兄ちゃんが先に生まれました。年齢的にも、経済的にもきついと感じ、保存の延長を断って廃棄するかどうか、何度も考えました。それでも結果として妊娠に至り、今、目の前でニッコリ笑って「おかあしゃん」と呼んでくれます。廃棄しなくて良かったと心から思います。そしてやっぱり、どうしても廃棄するに至らなかったのは、受精卵を自分のこどもだという認識があったからなんだと、今でははっきりと言うことが出来ます。
私は泣きました。たくさん泣きました。
次々に私のところに来てくれて、でも失われてしまった卵ちゃんたちのことを悲しむ気持ちをしっかりと味わいました。そして、私のところに来てくれてありがとう、短い間だったけどありがとう、と感謝を気持ちを持ちました。
私は本当は、10人以上のこどものお母さんなんだ、思うことにしよう。消えてしまった子たちのために、何か供養のようなことが出来たら尚良いかもしれない。
そんな風に考えました。
そうしたら、どうしても幸福を感じなかった心に、温かいものが少しだけ戻ってきたような気がしました。
今まで、不妊治療なんてするべきではなかったのでは?とか、別の男性と結婚していたら不妊治療で苦しむことなんてなかったかも知れない、などと、妊娠を望んでいた頃の、過去の自分の人生を否定してばかりでしたが、これも変わりました。たくさんの自分の大切なこどもとの出会いと別れを経験した時期だった。そのときに私のところに来てくれたうちの2人が、今、私のそばにいてくれている。そういうことなんだな、と思うと、とても腑に落ちました。受精卵たちに感謝の気持ちも沸いてきました。
不妊治療中に、私の経験したことがどなたか一人にでも、情報としてお役に立てれば嬉しいという思いで始めたこのブログでしたが、妊娠のタイミングでも、出産というタイミングでも、子育てのタイミンクでも区切りがつけられず、自然消滅的に更新が途絶えておりました。これは、自分でも全く気がついていなかった自分の心を反映していたのかな、と思います。私は、自分の経験した不妊治療というものを、未だに卒業できていなかったようです。
そんな訳で
この度、やっと不妊治療を卒業することが出来ます。
不妊治療中に、私のところにきてくれた卵ちゃんたちへ。みんな、お母さんのところに来てくれてありがとう。
そして、これまで、私のブログを読んでくださったり、コメントをくださった方々、本当に本当に、ありがとうございました。みなさんの幸せを心よりお祈りして、これを最後の記事とさせていただきたく存じます。
みなさん、ありがとう!さようなら!

