七夕をモチーフにした短編小説
「7月7日 雨」
投稿しました。
恋愛ものを書いてみようという気持ちで頑張ったのですが、いやはやなかなかと言う感じです。難しい。
是非よろしくお願いします。
公開中の作品を一覧にしたいと思います。
2015年7月8日現在
基本的にこの記事を編集して行き、新作を公開したときには追加していく形にしたいと思います。
<連載中>
「アンドロイドはドタバタラブコメの夢を見るか?」
無垢なアンドロイドと平和な日常を愛する少年のほのぼのストーリー。
人間にしか見えない彼女との奇妙な共同生活で、平和な日常はぶち壊し。
果たして彼は、平和な毎日を取り戻すことが出来るのか?
一話完結のラブコメです。
気になるお話だけのつまみ食いもどうぞ。
<完結>
「出来損ないのサイキッカー」
超能力者のエリート校に入学した主人公が、不運にもある事件に巻き込まれて行くお話です。
学園ラブコメ+バトルアクションと言う感じです。
慣れないバトルもの、SFファンタジー的な設定盛り沢山のアドベンチャーと言う物に挑戦して四苦八苦したりしました。
全六章+プロローグ、エピローグ
「ある日桜に呪われて」
遠ざけあっていた二人が、桜の木の魔法で結び付けられ、ぶつかりながらも理解し合っていくという作品です。
ライトノベルと言う体裁で書きましたが、元々一般文芸向けに練っていたモチーフを流用したので、あまりライトになりきれてはいないかもしれません。
長編としては処女作です。
全六章+プロローグ、エピローグ
「星空で遊ばせて」
仕事を辞め、約七年ぶりに故郷へと帰ってきた僕は、思わぬ形で過去の幻影と対面することになる。あの頃と同じ星空に、僕は今何を見るのだろうか。
ラノベではなく文学を意識して書いた作品です。
大学の文学賞に応募中の作品です。よろしくお願いします。
<短編>
「今すごくお腹が空いてるのは、さっき思いっきり吐いたから。」
友人のツイートをタイトルとして書いてみた作品です。
「灰色の研究」
日常の当たり前のことを、精緻に描写するとどうなるか?というのを少しやってみたくて書いた作品です。
「この虫の命は」
命って何だろう?って、まぁ誰でも考える事だと思います。
「猫みたいなわたしと、わたしみたいな猫の話」
猫みたいだね。そう言われて育った彼女は、いつしか猫と一緒に暮らし始めました。
今まで書いた中でも特に気に入っている掌編です。
「記憶を拾う」
広い砂漠を歩きながら、僕は小さな記憶の欠片を、丁寧に拾い集める。
少し不思議な感じの掌編です。
「7月7日 雨」
七夕をモチーフにした短編です。恋愛ものに挑戦しましたが難しいものですね。
今後も順次追加予定です。よろしくお願いします。
2015年7月8日現在
基本的にこの記事を編集して行き、新作を公開したときには追加していく形にしたいと思います。
<連載中>
「アンドロイドはドタバタラブコメの夢を見るか?」
無垢なアンドロイドと平和な日常を愛する少年のほのぼのストーリー。
人間にしか見えない彼女との奇妙な共同生活で、平和な日常はぶち壊し。
果たして彼は、平和な毎日を取り戻すことが出来るのか?
一話完結のラブコメです。
気になるお話だけのつまみ食いもどうぞ。
<完結>
「出来損ないのサイキッカー」
超能力者のエリート校に入学した主人公が、不運にもある事件に巻き込まれて行くお話です。
学園ラブコメ+バトルアクションと言う感じです。
慣れないバトルもの、SFファンタジー的な設定盛り沢山のアドベンチャーと言う物に挑戦して四苦八苦したりしました。
全六章+プロローグ、エピローグ
「ある日桜に呪われて」
遠ざけあっていた二人が、桜の木の魔法で結び付けられ、ぶつかりながらも理解し合っていくという作品です。
ライトノベルと言う体裁で書きましたが、元々一般文芸向けに練っていたモチーフを流用したので、あまりライトになりきれてはいないかもしれません。
長編としては処女作です。
全六章+プロローグ、エピローグ
「星空で遊ばせて」
仕事を辞め、約七年ぶりに故郷へと帰ってきた僕は、思わぬ形で過去の幻影と対面することになる。あの頃と同じ星空に、僕は今何を見るのだろうか。
ラノベではなく文学を意識して書いた作品です。
大学の文学賞に応募中の作品です。よろしくお願いします。
<短編>
「今すごくお腹が空いてるのは、さっき思いっきり吐いたから。」
友人のツイートをタイトルとして書いてみた作品です。
「灰色の研究」
日常の当たり前のことを、精緻に描写するとどうなるか?というのを少しやってみたくて書いた作品です。
「この虫の命は」
命って何だろう?って、まぁ誰でも考える事だと思います。
「猫みたいなわたしと、わたしみたいな猫の話」
猫みたいだね。そう言われて育った彼女は、いつしか猫と一緒に暮らし始めました。
今まで書いた中でも特に気に入っている掌編です。
「記憶を拾う」
広い砂漠を歩きながら、僕は小さな記憶の欠片を、丁寧に拾い集める。
少し不思議な感じの掌編です。
「7月7日 雨」
七夕をモチーフにした短編です。恋愛ものに挑戦しましたが難しいものですね。
今後も順次追加予定です。よろしくお願いします。
中編小説、「星空で遊ばせて」
を公開しました。
今までラノベ以外は掌編が多かったのですが、今回はしっかりと長さのあるものになっています。
作品の構想自体はかなり長く(多分一年かそれ以上)練っていたものですので、それなりに思い入れがあります。自分の中で割と重要なテーマなどもしっかりと書き込んだつもりです。
まだ表現や構成について至らない点もあると思いますのでその点は今後の課題ですね。
こちらは大学の文学賞に応募中の作品ですが、規約とかにも何もないので多分公開しても良いと思います。三作品まで応募できたので、投稿済みの掌編からも二本出しましたしね。
少しでも結果が出れば良いなと思っています。
公開中作品一覧 にも書いてありますが、一応あらすじ。
仕事を辞め、約七年ぶりに故郷へと帰ってきた僕は、思わぬ形で過去の幻影と対面することになる。あの頃と同じ星空に、僕は今何を見るのだろうか。
と言う感じです。あらすじってどこまで書いて良いのか悩みます。ある程度以上はネタバレになるのかなぁとか思いつつ。
タイトルの「星空で遊ばせて」は、ジャズのスタンダードナンバーFly me to the moonの歌詞
And let me play among the stars
の和訳から拝借いたしました。
ちなみに宇多田ヒカルの和訳したもので使われている表現と全く同じになっています。
彼女の和訳したものは、正直言って全体的にはあまり好みではないのですが、この一節の訳出の仕方には強く感銘を受けましたね。
ちなみにそれまで自分では「星たちの中で遊ばせて頂戴」くらいに訳していました。「星空で遊ばせて」うん、素敵です。
このタイトルにも結構意味をこめたつもりです。作品を最後まで読んでから、最後にもう一度タイトルを見て、それで「あー、そうだったんだな」って思ってもらえたら良いなあと言うような気持ちです。高望みですがw
と言うことで今後もまたこう言う作品を書いていきたい気持ちなので、ぜひともよろしくお願いします。
今までラノベ以外は掌編が多かったのですが、今回はしっかりと長さのあるものになっています。
作品の構想自体はかなり長く(多分一年かそれ以上)練っていたものですので、それなりに思い入れがあります。自分の中で割と重要なテーマなどもしっかりと書き込んだつもりです。
まだ表現や構成について至らない点もあると思いますのでその点は今後の課題ですね。
こちらは大学の文学賞に応募中の作品ですが、規約とかにも何もないので多分公開しても良いと思います。三作品まで応募できたので、投稿済みの掌編からも二本出しましたしね。
少しでも結果が出れば良いなと思っています。
公開中作品一覧 にも書いてありますが、一応あらすじ。
仕事を辞め、約七年ぶりに故郷へと帰ってきた僕は、思わぬ形で過去の幻影と対面することになる。あの頃と同じ星空に、僕は今何を見るのだろうか。
と言う感じです。あらすじってどこまで書いて良いのか悩みます。ある程度以上はネタバレになるのかなぁとか思いつつ。
タイトルの「星空で遊ばせて」は、ジャズのスタンダードナンバーFly me to the moonの歌詞
And let me play among the stars
の和訳から拝借いたしました。
ちなみに宇多田ヒカルの和訳したもので使われている表現と全く同じになっています。
彼女の和訳したものは、正直言って全体的にはあまり好みではないのですが、この一節の訳出の仕方には強く感銘を受けましたね。
ちなみにそれまで自分では「星たちの中で遊ばせて頂戴」くらいに訳していました。「星空で遊ばせて」うん、素敵です。
このタイトルにも結構意味をこめたつもりです。作品を最後まで読んでから、最後にもう一度タイトルを見て、それで「あー、そうだったんだな」って思ってもらえたら良いなあと言うような気持ちです。高望みですがw
と言うことで今後もまたこう言う作品を書いていきたい気持ちなので、ぜひともよろしくお願いします。
こちら
に投稿した作品です。
私には、ピアノが弾けない。
小さい頃、ピアノを習わされていた。小さい頃と言っても本当に小さい頃で、小学生にもならないうちに習うのはやめていたようである。「ようである」と言うのも、私自身にはいつやめたのかのはっきりした記憶がないからだ。それくらい昔に、少しだけピアノを習っていた。
ピアノを辞めた理由は覚えていない。しかし母から聞くには、ピアノの練習を嫌がったからだと言うことらしい。本人が嫌がっていることを無理矢理やらせて も仕方ない、そう言う判断であったようだ。今の私は、その時もっと母が強固にピアノを続けさせていれば……そう思わずにはいられない。身勝手な考えかもし れないが、まだ幼く判断力のない自分にもっと有益な選択をさせてもらえていれば……そんな風に考えてしまうのだ。
そうは言っても未だに親が「今のあなたにはまだ分からないでしょうけど、後になって分かるから」と言って強要することには、基本的に反発し続けている。そういうものだ。
私はピアノが好きだ。好きだと言っても、きっとそれはピアノを弾くことが出来る人の言うような豊かな意味は持っていないだろう。あの楽器の秘めている本 質的な価値も、理解できてはいない。それを奏でることで得られる豊かな経験も知らない。しかし弾けない人間として憧れる気持ちも含めて、私はピアノが好き だ。
ピアノ曲が好きで、よく聴く。ベートーヴェンは交響曲よりピアノソナタやバイオリンソナタが好きだ。ピアノソナタ第8番 悲愴、第14番 月光は第三楽章を愛してやまない。第15番 田園、第26番 告別、バイオリンソナタ第9番 クロイツェル……これらは僕の最も好む音楽たちのうちいくつかだ。それからモーツァルトのピアノソナタ第八番 イ短調、きらきら星変奏曲、ショパンのワルツ第一番 華麗なる大円舞曲に練習曲25-11 木枯らし……シューマン、ドビュッシー、ラフマニノフ、リスト……挙げていくとキリがない。ルービンシュタインやアルゲリッチ、それからグールドやプロ ティッチをよく聴く。
作曲家にも演奏家にも詳しくはないから、割と適当なディスクを適当に流して聴くことが多い。そんな風に適当に聴いていても、音楽は時として私の心を強く 捕らえる。耳から流れ込んだ音楽は私の頭の中で共振するように、私の中を音の洪水で満たしてしまう。かつてショーペンハウエルは、音楽を「意志それ自身の 模写」だと言った。「他の芸術は影について語っているだけだが、音楽は本質について語っているのだ」と。私は音の洪水に呑まれるときに、その言葉を実感と して感じることになる。
音楽の洪水に呑まれながら、私はピアノを弾きたいと強く感じる。まるで鍵盤が自分の器官の一つになったように、私の中で渦巻く感覚を一つ一つ吐き出せて いければどれだけ気持ちが良いだろうか。私はこのワルツを、エチュードを、こういう風に弾いてみたい……そんな衝動すら湧き上がる。頭の中で、私なりのソ ナタを奏でる。これを形にしてみたい……。私には、ピアノが弾けない。
小さいころからピアノをやっていた人が羨ましい。特に小さいころからやっていた人と言うのは、とても羨ましい。自分の意志でピアノを始めると言うのは私 の見た限り決してそう多くはないと思う。小さいころから親に習い事としてやらされ始め、嫌々ながら続けた、そういう人も少なくないだろう。私はそうならな かったからこそ、そうなる道も少しはあったからこそ、そういう人が特別に羨ましい。
しかし最近、そういう人が幸せなのかどうかについて少し考えさせられた。
私がある先輩と話しているとき、その先輩が中学まではピアノをやっていたことを知った。そういうイメージのあまりなかった先輩だから少し意外に思った。 話を聞くとどうやら結構長く弾いていたようだ。しかしその先輩にピアノをやっていれば良かったと言ったとき、先輩はこう言ったのだ。「ピアノやってて楽し いと思ったこと、一度もなかったけどな」と。何だかその言葉はずっしりと重かった。つまらなかったよーとか、辛かったよーと言う「そんなに良いものでもな いさ」と言った類のものではなかった。彼の言葉にはどこか切なく、切実で、寂しい響きがあった。私はそれ以上何も訊くことが出来なかった。
「一度もなかった」と言う言葉は、重たい。辛いことが多かったのでも、嫌な気持ちが強かったでもない。そこには楽しいという光が一筋も差していない。暗く 重たい、ぴったりと閉ざされた部屋のような、そういう場所に彼の記憶は閉じ込められているのだろうと思った。彼が経験したことはその中で、多分今も質感を 持ったまま生きている。「嫌々ながらやらされた」と言う経験は、おそらく、彼にとっての「ピアノ」と言う存在に対して鍵をかけてしまった。おそらく今もま だ、鍵がかかっている。
私もまた、そうなる可能性があったかもしれない。あそこでピアノをやめていたのは、もしかしたら正解なのかもしれない。もし私がピアノに対して心を閉ざ してしまっていたら、ピアノに憧れることも出来なかったかもしれない。大好きなピアノ曲に胸を一杯にされ、音楽に呑まれ、表現をしたいと思うことも出来な かったのかもしれない。
幼い私がピアノを続けることを選択し得なかったように、幼い先輩もピアノをやめることを選択し得なかったのだ。私には技術の代わりに情熱が残され、彼に は技術が残った代わりに、情熱は失われた。トレードオフなのだろうか。いや、そうではない人もいる。過ぎ去った過去に「たら/れば」は意味を持たない。分 かっているけれども、考えさせられてしまう。私は将来子供に、ピアノをやらせるべきなのか……
教育と言うのは本当に難しい。教育の価値は、少なくとも本人にとっては、教育の後にしか見出されることがない。ピアノもそうであるし、私の考えではス ポーツや、それから学問だってそうだ。それらは本当に小さいころから触れているとしたらとても大きなアドバンテージを本人にもたらす。中には、そうでなけ れば辿り着けない世界が存在するものも少なくない。特にスポーツや芸術の世界と言うのはそうだろう。そのスタート地点に立つとき、当人は、まだ自分にとっ ての対象の価値を見極める能力を持っていない。私がピアノをやめたとき、それはまだ物心つくかつかないかと言う頃だ、その時の私はまだ、頭の中で鳴り響く ピアノや身体を飲み込む洪水のような音楽を知らなかった。教育される時代が終わり、初めて私の中で、選ばれなかった教育が価値を膨らませはじめた。
私は小さい頃、習字もやっていた。私の母は教育熱心だったから、私にいくつもの習い事をさせたのだ。私はピアノと同じく、それをやめた。しかし私はその ことに対して、全く何も感じない。後悔もなければ、続けさせておいてくれれば……と言う気持ちもない。むしろ母が私にそれを続けさせていたのだとしたら、 なぜそんな無駄なことにたくさんの時間を……その時間でもっとこれがしたかった。そういう気持ちすら持っていたかもしれない。無理やり習字へ通わされ、指 導を受け続ける時間は、私に苦痛を与えて傷跡すら残したかもしれない。
ピアノと習字の間には大きな違いはない。それらはある意味、完全に等価だとすら言える。ただ私にとって、もう少し正確に言えば「教育と経験によって一定以上の自我や趣味嗜好の確立を済ませた私」にとって、二者の間に差が生まれたに過ぎない。
そしてそういう風にして確立された私の中に、ピアノと習字の経験は組み込まれていない。組み込まれていない私の中でしか、現状は評価できない。「ピアノ をやめて、習字もやめた私」にとって、ピアノは価値が高くやめるべきでなかった対象、習字は価値が低く、やめて良かった対象であるだけである。しかし「ピ アノも習字も続けた私」にとっては、それが逆だったかもしれない。それはつまり「習字は続けて良かった、でもピアノを続けたのは無駄だった」ということが あったかもしれないということだ。私と言う個人の考えや趣味嗜好は、どうしても教育と経験を内包してしまう。教育と経験とアプリオリな性格と言う三つの変 数により形成される結果としての価値基準に基づいて、変数の一部である教育を決定するというのは、ある種神業的な行為ですらある。
誰にでも価値のあるものと言うものは存在しない。誰にでも役立つものも、またそうだ。それが幼少期からの訓練を要するような高度な技術であるならば、な おさらその性質は強くなるだろう。長い時間をかけるというのは、高いコストを払うということだ。だからこそ我々は慎重に、確実に必要なものを選別しようと するが、支払いの期限はあまりにも早すぎる。結果として当てずっぽうで、我々は何にベッドするか、もしくはベッドしないかを決定しなければならない。結局 人生は博打、そんな悲しい結論に達してしまいそうになる。
我々に出来る事は何なのか、考えてみる。少しでも早く、自分の中に価値への目を開かせること……そういうことなのではないかと思う。美しい、楽しい、心 惹かれる……そういうものに少しでも早く気付くことが出来た人が、私は羨ましい。私がこれから、誰かに教育を施す立場になるとしたら、必要なのはそのよう なことに気付く機会を一つでも多く用意してあげる事なのではないかと思う。
私の友人の中には、幼少期に心惹かれる演奏に心酔して「ピアノをやりたい」と親にせがんだ者がいる。彼は長い間ピアノを続け、そこから非常に多くの物を 受け取った。そういう形が、教育にとっては一つの理想なのではないだろうか。美しい演奏、素敵な絵画、楽しいスポーツに綺麗な物語、興味深い学問に広い世 界の様々な魅力……。沢山のものに触れて、その中から特別に自分を惹きつける宝石を拾い上げられれば、それが最高の教育への近道なのかもしれない。
もちろんこれは意図して実現できるものなのかは分からない。幼少期には気付けなかった美しさ、と言うものも存在する。経験と言う変数がそこで関係してく るのだろう。だが一つだけ言えるのは、たとえば教育がある程度の強制力や押し付けの元に行われるという性質から逃れられないとしても、それが親や、親戚 や、教育者のエゴによる非常に独善的な価値観の押しつけによって行われるべきではないということだ。私がピアノをやりたかったという気持ちを、子供に押し 付ける事は許されないであろうし、それは決して「その子の将来から逆算した理想の教育」ではない。子供は、私たちではないのだから。
私には、ピアノが弾けない。でもだからこそ、文章を書く。ピアノを弾くことが出来たなら、それに人生の多くの時間をささげていたのなら、今の自分にとっ て一番大切なものを持っていなかったかもしれない。今の私を作った沢山の物語とも出会えなかったかもしれない。アルジャーノンに花束を、若きウェルテルの 悩み、トーニオ・クレーガー、果てしない物語、夏への扉、ノルウェイの森、風の詩を聴け、カラフル、仮面の告白、葉、道化の華……数えきれない物語が、私 の中で強くその存在を主張する。物語だけではない。私の出会った、「ピアノをやめた私」の出会った沢山の文章は、私の中で、それぞれが大きな役割を果たし ていると感じる。全てがつながり、息づいている。やっぱり、逆算なんかできっこない。
まだ遅くない、ピアノを始めよう。そう思った。実際にしばらくは練習もしていた。でも多分、それは違うのだと気付いた。鍵盤に触るのは楽しいし、少しず つ経験を積んでいる実感もあった。でも私にはもう、ピアノに捧げるだけの時間が残されていなかった。そのことに気付いた。
それは決して、忙しいから練習できないという消極的な理由ではない。私が時間を捧げたいことが、もっと他に存在していた。私がピアノと共に感性を育まなかった間に、私の中で大きな存在になっていたものが、手元にあった。
得られなかった教育を埋め合わせるよりも、出会った宝石の方を大切に磨きたいなと、そう思った。
私には、文章が書ける。
私には、ピアノが弾けない。
小さい頃、ピアノを習わされていた。小さい頃と言っても本当に小さい頃で、小学生にもならないうちに習うのはやめていたようである。「ようである」と言うのも、私自身にはいつやめたのかのはっきりした記憶がないからだ。それくらい昔に、少しだけピアノを習っていた。
ピアノを辞めた理由は覚えていない。しかし母から聞くには、ピアノの練習を嫌がったからだと言うことらしい。本人が嫌がっていることを無理矢理やらせて も仕方ない、そう言う判断であったようだ。今の私は、その時もっと母が強固にピアノを続けさせていれば……そう思わずにはいられない。身勝手な考えかもし れないが、まだ幼く判断力のない自分にもっと有益な選択をさせてもらえていれば……そんな風に考えてしまうのだ。
そうは言っても未だに親が「今のあなたにはまだ分からないでしょうけど、後になって分かるから」と言って強要することには、基本的に反発し続けている。そういうものだ。
私はピアノが好きだ。好きだと言っても、きっとそれはピアノを弾くことが出来る人の言うような豊かな意味は持っていないだろう。あの楽器の秘めている本 質的な価値も、理解できてはいない。それを奏でることで得られる豊かな経験も知らない。しかし弾けない人間として憧れる気持ちも含めて、私はピアノが好き だ。
ピアノ曲が好きで、よく聴く。ベートーヴェンは交響曲よりピアノソナタやバイオリンソナタが好きだ。ピアノソナタ第8番 悲愴、第14番 月光は第三楽章を愛してやまない。第15番 田園、第26番 告別、バイオリンソナタ第9番 クロイツェル……これらは僕の最も好む音楽たちのうちいくつかだ。それからモーツァルトのピアノソナタ第八番 イ短調、きらきら星変奏曲、ショパンのワルツ第一番 華麗なる大円舞曲に練習曲25-11 木枯らし……シューマン、ドビュッシー、ラフマニノフ、リスト……挙げていくとキリがない。ルービンシュタインやアルゲリッチ、それからグールドやプロ ティッチをよく聴く。
作曲家にも演奏家にも詳しくはないから、割と適当なディスクを適当に流して聴くことが多い。そんな風に適当に聴いていても、音楽は時として私の心を強く 捕らえる。耳から流れ込んだ音楽は私の頭の中で共振するように、私の中を音の洪水で満たしてしまう。かつてショーペンハウエルは、音楽を「意志それ自身の 模写」だと言った。「他の芸術は影について語っているだけだが、音楽は本質について語っているのだ」と。私は音の洪水に呑まれるときに、その言葉を実感と して感じることになる。
音楽の洪水に呑まれながら、私はピアノを弾きたいと強く感じる。まるで鍵盤が自分の器官の一つになったように、私の中で渦巻く感覚を一つ一つ吐き出せて いければどれだけ気持ちが良いだろうか。私はこのワルツを、エチュードを、こういう風に弾いてみたい……そんな衝動すら湧き上がる。頭の中で、私なりのソ ナタを奏でる。これを形にしてみたい……。私には、ピアノが弾けない。
小さいころからピアノをやっていた人が羨ましい。特に小さいころからやっていた人と言うのは、とても羨ましい。自分の意志でピアノを始めると言うのは私 の見た限り決してそう多くはないと思う。小さいころから親に習い事としてやらされ始め、嫌々ながら続けた、そういう人も少なくないだろう。私はそうならな かったからこそ、そうなる道も少しはあったからこそ、そういう人が特別に羨ましい。
しかし最近、そういう人が幸せなのかどうかについて少し考えさせられた。
私がある先輩と話しているとき、その先輩が中学まではピアノをやっていたことを知った。そういうイメージのあまりなかった先輩だから少し意外に思った。 話を聞くとどうやら結構長く弾いていたようだ。しかしその先輩にピアノをやっていれば良かったと言ったとき、先輩はこう言ったのだ。「ピアノやってて楽し いと思ったこと、一度もなかったけどな」と。何だかその言葉はずっしりと重かった。つまらなかったよーとか、辛かったよーと言う「そんなに良いものでもな いさ」と言った類のものではなかった。彼の言葉にはどこか切なく、切実で、寂しい響きがあった。私はそれ以上何も訊くことが出来なかった。
「一度もなかった」と言う言葉は、重たい。辛いことが多かったのでも、嫌な気持ちが強かったでもない。そこには楽しいという光が一筋も差していない。暗く 重たい、ぴったりと閉ざされた部屋のような、そういう場所に彼の記憶は閉じ込められているのだろうと思った。彼が経験したことはその中で、多分今も質感を 持ったまま生きている。「嫌々ながらやらされた」と言う経験は、おそらく、彼にとっての「ピアノ」と言う存在に対して鍵をかけてしまった。おそらく今もま だ、鍵がかかっている。
私もまた、そうなる可能性があったかもしれない。あそこでピアノをやめていたのは、もしかしたら正解なのかもしれない。もし私がピアノに対して心を閉ざ してしまっていたら、ピアノに憧れることも出来なかったかもしれない。大好きなピアノ曲に胸を一杯にされ、音楽に呑まれ、表現をしたいと思うことも出来な かったのかもしれない。
幼い私がピアノを続けることを選択し得なかったように、幼い先輩もピアノをやめることを選択し得なかったのだ。私には技術の代わりに情熱が残され、彼に は技術が残った代わりに、情熱は失われた。トレードオフなのだろうか。いや、そうではない人もいる。過ぎ去った過去に「たら/れば」は意味を持たない。分 かっているけれども、考えさせられてしまう。私は将来子供に、ピアノをやらせるべきなのか……
教育と言うのは本当に難しい。教育の価値は、少なくとも本人にとっては、教育の後にしか見出されることがない。ピアノもそうであるし、私の考えではス ポーツや、それから学問だってそうだ。それらは本当に小さいころから触れているとしたらとても大きなアドバンテージを本人にもたらす。中には、そうでなけ れば辿り着けない世界が存在するものも少なくない。特にスポーツや芸術の世界と言うのはそうだろう。そのスタート地点に立つとき、当人は、まだ自分にとっ ての対象の価値を見極める能力を持っていない。私がピアノをやめたとき、それはまだ物心つくかつかないかと言う頃だ、その時の私はまだ、頭の中で鳴り響く ピアノや身体を飲み込む洪水のような音楽を知らなかった。教育される時代が終わり、初めて私の中で、選ばれなかった教育が価値を膨らませはじめた。
私は小さい頃、習字もやっていた。私の母は教育熱心だったから、私にいくつもの習い事をさせたのだ。私はピアノと同じく、それをやめた。しかし私はその ことに対して、全く何も感じない。後悔もなければ、続けさせておいてくれれば……と言う気持ちもない。むしろ母が私にそれを続けさせていたのだとしたら、 なぜそんな無駄なことにたくさんの時間を……その時間でもっとこれがしたかった。そういう気持ちすら持っていたかもしれない。無理やり習字へ通わされ、指 導を受け続ける時間は、私に苦痛を与えて傷跡すら残したかもしれない。
ピアノと習字の間には大きな違いはない。それらはある意味、完全に等価だとすら言える。ただ私にとって、もう少し正確に言えば「教育と経験によって一定以上の自我や趣味嗜好の確立を済ませた私」にとって、二者の間に差が生まれたに過ぎない。
そしてそういう風にして確立された私の中に、ピアノと習字の経験は組み込まれていない。組み込まれていない私の中でしか、現状は評価できない。「ピアノ をやめて、習字もやめた私」にとって、ピアノは価値が高くやめるべきでなかった対象、習字は価値が低く、やめて良かった対象であるだけである。しかし「ピ アノも習字も続けた私」にとっては、それが逆だったかもしれない。それはつまり「習字は続けて良かった、でもピアノを続けたのは無駄だった」ということが あったかもしれないということだ。私と言う個人の考えや趣味嗜好は、どうしても教育と経験を内包してしまう。教育と経験とアプリオリな性格と言う三つの変 数により形成される結果としての価値基準に基づいて、変数の一部である教育を決定するというのは、ある種神業的な行為ですらある。
誰にでも価値のあるものと言うものは存在しない。誰にでも役立つものも、またそうだ。それが幼少期からの訓練を要するような高度な技術であるならば、な おさらその性質は強くなるだろう。長い時間をかけるというのは、高いコストを払うということだ。だからこそ我々は慎重に、確実に必要なものを選別しようと するが、支払いの期限はあまりにも早すぎる。結果として当てずっぽうで、我々は何にベッドするか、もしくはベッドしないかを決定しなければならない。結局 人生は博打、そんな悲しい結論に達してしまいそうになる。
我々に出来る事は何なのか、考えてみる。少しでも早く、自分の中に価値への目を開かせること……そういうことなのではないかと思う。美しい、楽しい、心 惹かれる……そういうものに少しでも早く気付くことが出来た人が、私は羨ましい。私がこれから、誰かに教育を施す立場になるとしたら、必要なのはそのよう なことに気付く機会を一つでも多く用意してあげる事なのではないかと思う。
私の友人の中には、幼少期に心惹かれる演奏に心酔して「ピアノをやりたい」と親にせがんだ者がいる。彼は長い間ピアノを続け、そこから非常に多くの物を 受け取った。そういう形が、教育にとっては一つの理想なのではないだろうか。美しい演奏、素敵な絵画、楽しいスポーツに綺麗な物語、興味深い学問に広い世 界の様々な魅力……。沢山のものに触れて、その中から特別に自分を惹きつける宝石を拾い上げられれば、それが最高の教育への近道なのかもしれない。
もちろんこれは意図して実現できるものなのかは分からない。幼少期には気付けなかった美しさ、と言うものも存在する。経験と言う変数がそこで関係してく るのだろう。だが一つだけ言えるのは、たとえば教育がある程度の強制力や押し付けの元に行われるという性質から逃れられないとしても、それが親や、親戚 や、教育者のエゴによる非常に独善的な価値観の押しつけによって行われるべきではないということだ。私がピアノをやりたかったという気持ちを、子供に押し 付ける事は許されないであろうし、それは決して「その子の将来から逆算した理想の教育」ではない。子供は、私たちではないのだから。
私には、ピアノが弾けない。でもだからこそ、文章を書く。ピアノを弾くことが出来たなら、それに人生の多くの時間をささげていたのなら、今の自分にとっ て一番大切なものを持っていなかったかもしれない。今の私を作った沢山の物語とも出会えなかったかもしれない。アルジャーノンに花束を、若きウェルテルの 悩み、トーニオ・クレーガー、果てしない物語、夏への扉、ノルウェイの森、風の詩を聴け、カラフル、仮面の告白、葉、道化の華……数えきれない物語が、私 の中で強くその存在を主張する。物語だけではない。私の出会った、「ピアノをやめた私」の出会った沢山の文章は、私の中で、それぞれが大きな役割を果たし ていると感じる。全てがつながり、息づいている。やっぱり、逆算なんかできっこない。
まだ遅くない、ピアノを始めよう。そう思った。実際にしばらくは練習もしていた。でも多分、それは違うのだと気付いた。鍵盤に触るのは楽しいし、少しず つ経験を積んでいる実感もあった。でも私にはもう、ピアノに捧げるだけの時間が残されていなかった。そのことに気付いた。
それは決して、忙しいから練習できないという消極的な理由ではない。私が時間を捧げたいことが、もっと他に存在していた。私がピアノと共に感性を育まなかった間に、私の中で大きな存在になっていたものが、手元にあった。
得られなかった教育を埋め合わせるよりも、出会った宝石の方を大切に磨きたいなと、そう思った。
私には、文章が書ける。
こちら
で公開したものです。
「論破する」と言う言葉を聞く機会が増えた。そんな気がする。私はこの言葉が苦手だ。論破する、論破した……そういう言葉を聞くたびに、少し寂しい気持ちになってしまう。
私は議論が好きだ。大好きだと言ってもいいと思う。しかし、議論をするときに論破しようと考えることはまずない。議論に勝ち負けなんてないと思っている。もし議論が勝ち負けを競うゲームのような性質のものだとしたら、私はそんなものをやりたいとは全く思わないだろう。
私にとって議論とは、分かりあうために行うものなのだ。それは決して下品な罵倒や中傷をやりとりするものではない。私とあなたの間にある認識の隙間、そ れを言葉を尽くすことで埋めていきたい……それによって、お互いの事を良く知り、意見を良く知り、共存できなかったはずの二つの意見の中から共存可能な新 たな結論を作り出す、そんな素敵な行為が「議論」なのだと、私は信じている。
だから私にとって、論破とはつまり「失敗」を意味する。論破するというのは、相手の意見に無価値を叩きつけ、自分の意見を結論として祭り上げることに他ならない。それでは新しいものは何も生まれてこない。
論破を好む人は、自分の意見は絶対正しくて、相手の意見は間違っているのだから、教えてあげなければならないという義務感の中で戦っているように私には見える。それはある意味ではやさしさと言うべきものなのかもしれないとも思う。
もちろん、自分のプライドを守るために他人を攻撃したい、と言う人もいるだろう。特にインターネットと言う顔の見えないコミュニケーションにおいては、 他者は一つの記号として認識される。画面の向こうに生身の人間がいることを忘れて、軽い気持ちで他者と相対し、意見を交わし、そして時には「論破」するこ とが出来る。そういうある意味で「無色透明」な他者と言うのは貴重だ。どれだけ攻撃してもそのことによって自分が何か責任を負うというリスクは冒さずに済 むし、もし失敗すれば逃げ出すことが許される。相手を傷つけているという罪悪感に苛まれることなく、お手軽に自尊心を高揚させられる。とってもとってもお 手軽だ。顔の見える友人には言えないことも、簡単に言える。インターネット上での『議論』を見ると、そのたびに、私は憂鬱になる。
時には、表面的に「論破」を成功させるための詭弁やテクニックが駆使されることもある。そういうものは私を一層悲しい気持ちにさせる。それは一見する と、勝つためのテクニックの様に見えることもあるかもしれない。しかしその実態は「議論を破たんさせるための禁じ手」であることがほとんどであると、私は 感じてしまう。
例えば、相手の揚げ足をとったり、論理の曖昧性、脆弱性を指摘して「貴方は間違っている」と言う事を執拗に主張し、相対的に自分の方が正当であると主張 する行為。時として「相手自体を中傷し、その権威を失墜させることで論理の説得力をも貶める」と言う行為も見受けられる。そのようなものは人身攻撃と呼ば れる、立派な詭弁だ。そうして相手を追い込み、反論を封じて擬似的に「勝利」を掴むという行為には、本質を置き去りにした寂しさがある。そうして「論破さ れた人」と言うのは負けたわけではない。ほとんどの場合「この人とは話にならない、もう良いや」と匙を投げてしまったように見える。ここに一つのコミュニ ケーションが、死んだ。
しかし、私は議論が好きなのだ。決して相手を負かすためではない議論が好きなのだ。分かりあうための議論が、相手の何が間違っているかではなく、相手の何が正しいのかを探りあう議論が大好きなのだ。
とても気持ちの良い議論と言うものが存在する。お互いが違う意見を持ち寄って、真摯に耳を傾け合い、考えたこともなかったものの考え方や価値観に触れ て、新しい可能性に出会い、新鮮な気持ちで別れる。そういう素晴らしい経験が、人生で何度かあった。私はそれが忘れられない。
議論において必要なことは、しゃべることより聞くことだと思うのだ。この点私はしゃべりすぎてしまう傾向があり、その点は反省しなければならないと思っ ているが、それでも相手の意見や言葉を、それを支える価値観を、通したい論理を、一つ一つつぶさに確認していこうという気持ちは何よりも大事にしている。
曖昧なところや納得できないところがあれば、自分の価値観で処理してしまわない。相手は明確に、納得して話をしているはずなのだ。少なくとも、私が私に対してそうだと確信しているのと同じ程度には。
おそらくそこに発生している伝達の不備や納得不成立の原因と言うのは、我々のどちらかではなく、その中間に横たわっている。多くの場合、お互いに想定し ている前提条件や、ある物事に対しての「感じ方」、それから複数の要素に対しての「重点の置き方」が食い違っていることが、我々の間で理解を邪魔すること が多い。
例えば、音楽家と証券マンの二人が会話していたとして、この二人の間で「最高の幸せとは何か」と言う話になったとする。この二人にとって、生活を取り巻 く環境は何もかもが違うだろう。生活のスタイルも、仕事の性質も、それによって普段何を見て、何を感じ、何を考えているかも……
だから音楽家の言葉は、時として証券マンを混乱させるかもしれない。逆もまた然りだ。だけどそのときに「貴方は間違っている」と言い始めたら、話は終わってしまうのだ。
相手の言葉に真摯に耳を傾けて「なるほど、そういう風に考えている人もいるんだ」と、「それをそれとして」受け入れることが必要になることがある。自分 が見ている世界は、あくまで自分のものでしかないことには自覚的にならなければならない。イスラム教徒が複数人の妻を持ったからと言って彼らの愛が偽物だ とは言えないし、土足で家に上がることは必ずしも汚い行為ではないのだ。日本人である自分が、一夫一婦制の下で、靴を脱いで家に上がる文化圏で育っただけ のことだ。そうでない人が無数にいるし、そうでない人にはそうでない人の物の見方、感じ方、考え方が備わっている。そういう自己に対する相対的な感覚を大 切にしたい。
彼らの考え方を「理解しよう」と言う行為は、時として危険だ。それは「自分の価値観の中で」と言う前提をはらみ持っていることがある。「理解する」と言 う行為は、自分の持っている材料だけで、特定の事実を切り刻むと言う性質を持つ。多くの物事は、そのように自分の経験と知識の中に吸収することで効率的に 取り扱うことが確かに可能だ。しかし、それでは取りこぼしてしまうものもある。自分の持つのと全く違う前提の下で養われた概念が、自分の手持ちの材料では 理解不可能だという事も良くあるのだ。だからこそ、我々は「それをそれとして」受け入れる必要がある。
どんなに頑張っても、私には生きたままの蛙を食べる、と言う行為は理解できない。「栄養の乏しいジャングルでは貴重なタンパク源だ」と言う説明は論理的 であるが、それは私に、蛙を日常的に食べる人々を理解することを助けない。彼らは、私が「発酵した豆」を食べることに抵抗を感じないように、生きた蛙に抵 抗を感じないのだろう。その感覚は「そういうものなのだろう」以上の理解を、彼らと前提を共有しない私にもたらすことはない。
複数の要素に対しての「重点の置き方」についても同じである。全く違う環境で育っていれば、大事だと感じることの優先順位は変わってくる。我々が砂漠の 民族と同じだけ水を貴重だと思えないように、人によって大切だと考えることは違っている。自分が大切だと思うものを他人もそう考えていて当然だ、と言う傲 慢さをどこかで誰かに押し付けていないか?その点にも注意しなければならない。大切なものは人によって違うのだから。
このような共通理解の難しさと言うものは、逆に言えば多くの可能性を含んでいる。その分真摯に、丁寧に議論を重ね、お互いがお互いの感覚を、価値観を 「そういうもの」として受け入れていけば、そこには今まで知らなかった世界が顔をのぞかせることになる。一人で生きていては絶対に見えなかったものを、見 る機会を与えてもらえるのだ。
充実した議論の後、私は新しい私になる。過去の私に見えなかった世界の歪さに気付くこともあるが、逆にその美しさが見えることもある。その新鮮さは私の凝り固まった思考を解きほぐし、また色々なことを考えてみようという気にさせてくれる。
そんな議論が、私は好きだ。
「論破する」と言う言葉を聞く機会が増えた。そんな気がする。私はこの言葉が苦手だ。論破する、論破した……そういう言葉を聞くたびに、少し寂しい気持ちになってしまう。
私は議論が好きだ。大好きだと言ってもいいと思う。しかし、議論をするときに論破しようと考えることはまずない。議論に勝ち負けなんてないと思っている。もし議論が勝ち負けを競うゲームのような性質のものだとしたら、私はそんなものをやりたいとは全く思わないだろう。
私にとって議論とは、分かりあうために行うものなのだ。それは決して下品な罵倒や中傷をやりとりするものではない。私とあなたの間にある認識の隙間、そ れを言葉を尽くすことで埋めていきたい……それによって、お互いの事を良く知り、意見を良く知り、共存できなかったはずの二つの意見の中から共存可能な新 たな結論を作り出す、そんな素敵な行為が「議論」なのだと、私は信じている。
だから私にとって、論破とはつまり「失敗」を意味する。論破するというのは、相手の意見に無価値を叩きつけ、自分の意見を結論として祭り上げることに他ならない。それでは新しいものは何も生まれてこない。
論破を好む人は、自分の意見は絶対正しくて、相手の意見は間違っているのだから、教えてあげなければならないという義務感の中で戦っているように私には見える。それはある意味ではやさしさと言うべきものなのかもしれないとも思う。
もちろん、自分のプライドを守るために他人を攻撃したい、と言う人もいるだろう。特にインターネットと言う顔の見えないコミュニケーションにおいては、 他者は一つの記号として認識される。画面の向こうに生身の人間がいることを忘れて、軽い気持ちで他者と相対し、意見を交わし、そして時には「論破」するこ とが出来る。そういうある意味で「無色透明」な他者と言うのは貴重だ。どれだけ攻撃してもそのことによって自分が何か責任を負うというリスクは冒さずに済 むし、もし失敗すれば逃げ出すことが許される。相手を傷つけているという罪悪感に苛まれることなく、お手軽に自尊心を高揚させられる。とってもとってもお 手軽だ。顔の見える友人には言えないことも、簡単に言える。インターネット上での『議論』を見ると、そのたびに、私は憂鬱になる。
時には、表面的に「論破」を成功させるための詭弁やテクニックが駆使されることもある。そういうものは私を一層悲しい気持ちにさせる。それは一見する と、勝つためのテクニックの様に見えることもあるかもしれない。しかしその実態は「議論を破たんさせるための禁じ手」であることがほとんどであると、私は 感じてしまう。
例えば、相手の揚げ足をとったり、論理の曖昧性、脆弱性を指摘して「貴方は間違っている」と言う事を執拗に主張し、相対的に自分の方が正当であると主張 する行為。時として「相手自体を中傷し、その権威を失墜させることで論理の説得力をも貶める」と言う行為も見受けられる。そのようなものは人身攻撃と呼ば れる、立派な詭弁だ。そうして相手を追い込み、反論を封じて擬似的に「勝利」を掴むという行為には、本質を置き去りにした寂しさがある。そうして「論破さ れた人」と言うのは負けたわけではない。ほとんどの場合「この人とは話にならない、もう良いや」と匙を投げてしまったように見える。ここに一つのコミュニ ケーションが、死んだ。
しかし、私は議論が好きなのだ。決して相手を負かすためではない議論が好きなのだ。分かりあうための議論が、相手の何が間違っているかではなく、相手の何が正しいのかを探りあう議論が大好きなのだ。
とても気持ちの良い議論と言うものが存在する。お互いが違う意見を持ち寄って、真摯に耳を傾け合い、考えたこともなかったものの考え方や価値観に触れ て、新しい可能性に出会い、新鮮な気持ちで別れる。そういう素晴らしい経験が、人生で何度かあった。私はそれが忘れられない。
議論において必要なことは、しゃべることより聞くことだと思うのだ。この点私はしゃべりすぎてしまう傾向があり、その点は反省しなければならないと思っ ているが、それでも相手の意見や言葉を、それを支える価値観を、通したい論理を、一つ一つつぶさに確認していこうという気持ちは何よりも大事にしている。
曖昧なところや納得できないところがあれば、自分の価値観で処理してしまわない。相手は明確に、納得して話をしているはずなのだ。少なくとも、私が私に対してそうだと確信しているのと同じ程度には。
おそらくそこに発生している伝達の不備や納得不成立の原因と言うのは、我々のどちらかではなく、その中間に横たわっている。多くの場合、お互いに想定し ている前提条件や、ある物事に対しての「感じ方」、それから複数の要素に対しての「重点の置き方」が食い違っていることが、我々の間で理解を邪魔すること が多い。
例えば、音楽家と証券マンの二人が会話していたとして、この二人の間で「最高の幸せとは何か」と言う話になったとする。この二人にとって、生活を取り巻 く環境は何もかもが違うだろう。生活のスタイルも、仕事の性質も、それによって普段何を見て、何を感じ、何を考えているかも……
だから音楽家の言葉は、時として証券マンを混乱させるかもしれない。逆もまた然りだ。だけどそのときに「貴方は間違っている」と言い始めたら、話は終わってしまうのだ。
相手の言葉に真摯に耳を傾けて「なるほど、そういう風に考えている人もいるんだ」と、「それをそれとして」受け入れることが必要になることがある。自分 が見ている世界は、あくまで自分のものでしかないことには自覚的にならなければならない。イスラム教徒が複数人の妻を持ったからと言って彼らの愛が偽物だ とは言えないし、土足で家に上がることは必ずしも汚い行為ではないのだ。日本人である自分が、一夫一婦制の下で、靴を脱いで家に上がる文化圏で育っただけ のことだ。そうでない人が無数にいるし、そうでない人にはそうでない人の物の見方、感じ方、考え方が備わっている。そういう自己に対する相対的な感覚を大 切にしたい。
彼らの考え方を「理解しよう」と言う行為は、時として危険だ。それは「自分の価値観の中で」と言う前提をはらみ持っていることがある。「理解する」と言 う行為は、自分の持っている材料だけで、特定の事実を切り刻むと言う性質を持つ。多くの物事は、そのように自分の経験と知識の中に吸収することで効率的に 取り扱うことが確かに可能だ。しかし、それでは取りこぼしてしまうものもある。自分の持つのと全く違う前提の下で養われた概念が、自分の手持ちの材料では 理解不可能だという事も良くあるのだ。だからこそ、我々は「それをそれとして」受け入れる必要がある。
どんなに頑張っても、私には生きたままの蛙を食べる、と言う行為は理解できない。「栄養の乏しいジャングルでは貴重なタンパク源だ」と言う説明は論理的 であるが、それは私に、蛙を日常的に食べる人々を理解することを助けない。彼らは、私が「発酵した豆」を食べることに抵抗を感じないように、生きた蛙に抵 抗を感じないのだろう。その感覚は「そういうものなのだろう」以上の理解を、彼らと前提を共有しない私にもたらすことはない。
複数の要素に対しての「重点の置き方」についても同じである。全く違う環境で育っていれば、大事だと感じることの優先順位は変わってくる。我々が砂漠の 民族と同じだけ水を貴重だと思えないように、人によって大切だと考えることは違っている。自分が大切だと思うものを他人もそう考えていて当然だ、と言う傲 慢さをどこかで誰かに押し付けていないか?その点にも注意しなければならない。大切なものは人によって違うのだから。
このような共通理解の難しさと言うものは、逆に言えば多くの可能性を含んでいる。その分真摯に、丁寧に議論を重ね、お互いがお互いの感覚を、価値観を 「そういうもの」として受け入れていけば、そこには今まで知らなかった世界が顔をのぞかせることになる。一人で生きていては絶対に見えなかったものを、見 る機会を与えてもらえるのだ。
充実した議論の後、私は新しい私になる。過去の私に見えなかった世界の歪さに気付くこともあるが、逆にその美しさが見えることもある。その新鮮さは私の凝り固まった思考を解きほぐし、また色々なことを考えてみようという気にさせてくれる。
そんな議論が、私は好きだ。
