今更ですが、明けましておめでとうございます。
昨年は、色々な方に読んでいただきありがとうございました。
今年もこんなユルい感じで更新していきたいと思っておりますので、何とぞよろしくお願いいたします。
年末から大相撲のニュースが世間を騒がせておりましたね。
テレビを観れば大相撲、ネットニュースも大相撲...
当事者ではない私には、何が正しく、何が間違っているのかは全く解りません。
ただ、心の有り様というのはその人の生きている環境によって大きく左右するものなのだなぁ...と、感じました。
それは、テレビのコメンテーターのお話であったり、ネットのコメントであったり、会った人との会話であったりと。
読んだり聞いたりしてとても様々な意見を知ることができ、興味深いニュースでした。
生きてゆく上であらゆるルールがあります。
そのルールはその人の所属する状況により様々あって、そこに所属する以上、そのルールは守らないといけないことになっています。
ルールを破った場合に起こる罰則はそれぞれあるとは思いますが、それはあくまでも所属している中の話です。
そのルールを破りさえしなければ何をやっても良いのかという話になりますが、それはまた違う話だと思っています。
それは、心の有り方ではないかと私が勝手に思っているものです。
ルールという視点で考えれば、ルールを守ってさえいれば良くて、言葉をかえればルールを破りさえしなければ良い。酷くなるとバレなければいいんじゃないの?と、いう考え方になってしまいます。
会社員が会社のお金を勝手に私用で使うことは当然駄目です。
では、会社の備品である消しゴムを持ち帰って私用で使うことはどうでしょう。
ルール上は駄目ですが、それを「会社の備品を横領している」と、意識して持ち帰ってしまっている会社員の方は何人居られるのでしょう。
どこからが良くて、どこからが駄目なのか。その線の基準はどこなのか。
その基準となるのがルールなのではないのかな、と思います。
では、ルールを破っても大丈夫(と言って良いのかは解りませんが)ラインは誰が決めてるのでしょう。
それは、恐らく誰でもない自分自身ですよね。
このことに関して、良いとか悪いとかを判断するのはあらゆるルールに則って行われることであって、今私が会社の備品を盗むことが横領になるから止めておきましょうと、いう話ではないんですけどね。
心の有り様というのは人によって違うので、ある意味そこに属する場のルールから外れる場合があります。
自分が自分自身に「こうありたい」と思い、それに則って行動をするわけです。
それがその人にとって非常に大切な何かであるならばルールを破ることも厭わなくなるでしょう。
その人の信念、価値観の話になってくるわけですから、それを人に理解してもらうことはなかなか難しいのではないかと思います。
そこには受けてきた教育や育ってきた環境等あらゆるものがその人に影響を及ぼすわけですから。
で、結論。というか持論。
属する場のルールに自分の心が外れるのならその場から外れれば良いだろうし、場のルール内で心が存在できるのであればルールに則っ存在を主張すれば良いのだろう。と、いうこと。
人間に属し、日本人として属し、家族として属し、職場の社員として属し...縛られるのではなくあらゆる属する場の中でのルールに則りながら心の有り様を主張してゆくのではないのかな。と、何となく色々リンクすることを今回は思いつくままに書き連ねてみました。
ま、いつも思いつくままですけどね(^^;)