なぜ火災保険に加入していないと大変なことになるのか

 

火災保険に入る重要性って

 

さほど感じていないかたも多いのではないでしょうか?

 

またはうっかり入っていなかった、更新がきれていた場合もあるかもしれませんね。

 

自分が火事を起こさなくても近隣の火事で

もらい火となって被災した場合、

損害請求ができないのはよく知られていることです。

 

自分が火事を起こさなくても隣が火事になったら

 

解体費、建築費、大変な金額となります。

 

火事を起こした方がもし お金のない方だったら

当然 どうすることもできない訳です。

 

ないんですから。ですから、皆が

その様なことが起きない様に いざという時のために

 

火災保険に加入することの重要性をお伝えして行きたいです。

 

 

 

この話は 例えばの話です。今回の事例とは別に呼んでください。

 

持ち家で、もし隣の家が火事やゴミ屋敷となってしまったら

 

あなたならどうしますか。

 

これは今後 起きうる問題だ。運が悪いじゃ済まされない。

 

この先も一生 ここで暮らし、仕事場も生活のほとんどが家だとしたら。

 

隣の火事が 火災保険に無加入で 

 

解体費用がなくそのまま放置となったら。

 

本当に困ってしまう 法が新しくなり 空き家問題から 強制的に壊すとかいう可能性も

相当危険 ひどい場合であり、

 

そう簡単ではないことがわかりました。

 

冷静に前を向いて できることをやっていきたい。

 

(このブログの転送やリンクはご遠慮ください)

 

7月18日 3ヶ月以上経過

 

今後の全く報告や挨拶がない。おばさんの姿もないまま時が過ぎた。

 

(このブログの画像や記事の転送やリンクはご遠慮ください)

 

窓は全開しているので 2階から2階へ飛沫が南風で直撃した日々。雨の日は黒い水が

道路へ流れてくる。これから真夏の猛暑の間は蒸化してくるのかなと。天気によっては 生ゴミみたいな

カビの様な匂いが部屋に飛んでくる日もある。

 

 

写真が横になってしまったが、1階の通学路に面した シャッター

危険なので テープで保護してもらったが。

 

サイドの2階のガラスはほぼ なくなった。裏庭の方にはガラス窓がまだある状態。

 

 

そこで市民センターへ相談。

現場を見にきてくれた様でした。いつ解体されるのかできないのか知りたいので、私はおばさんと直接連絡が取りたいので、連絡先を教えてもらえないか依頼した。私の連絡先をお伝えした。

 

「おばさんが電話をかける気持ちがなければ、それまででこのまま廃墟のまま何年も放置される可能性もなくはないですか?」と質問したら「そうです」とのことだった。

 

プライバシーの問題で 行政はここまで何だなということがわかり

 

次に 南消防署へ電話した 

 

電話をかけた理由を聞かれたので「火災の後始末に危ない箇所がある。小さい子供たちの通学路でもあるので」と伝えた。

5分後には大きな消防車がやってきたので驚いてしまった。伝え方が悪かったのかもしれない。

 

でもうちの2階に上がってもらい2階からの屋根や台風などきた時の予測も含め見てもらった。

 

親切にも 1階の電動シャッターで切断した尖った四角のむき出しの箇所をテープで保護して網を貼ってくれた。

 

サイドの2階のガラス窓の残りがまだ落ちそうな箇所も対処してくれました。

 

おばさんと連絡が通じた。

さて これだけでは解決しない。翌日の夜におばさんと連絡が通じた。

 

電話をかけてくれたので、私は直接話すことができた。

 

色々資金面などで 難しいことを感じ取った。これはかなり長い間 長期化する

 

いつまでもいつまでも この廃墟のまま長期化することを

 

予測されて 愕然とした。家族中 愕然とした。

 

どうしよう 困った。どこに相談したら良いのだろうか

 

わからない そういう機関もないし。

 

近所の人々もそれぞれ苦情を抱えて我慢しているのが

だんだんと耳にする様になった。

 

近所の方々は 解体をまち、本当に困っている。

 

夜はホラーみたいになり、家に帰るのでさえ怖い。

 

一人暮らしの息子は身体に悪いと言って家に帰ってこなくなった。

 

頭の中をぐるぐると回りながら 時間をかけて 色々模索してみることにした。

 

(このブログの画像や記事の転送やリンクはご遠慮ください)

翌日からの同じ風景です 目の前に廃墟が。

 

(このブログの転送やリンクはご遠慮ください)

 

全焼せずに2階の屋根や大部分が焼ける。

 

とにかく 命が無事でよかった。

 

健康被害と窓を大きく開けられない日が続く。

 

翌日から匂いだけではなく、 飛沫物質から咳が増える日々が続き 持病の喘息に2ヶ月以上悩まされた。

 

春〜夏は南西風方向に風が吹くため 直撃するのはうちだった。

 

窓を開けるのをやめ、布団も干せず、洗濯物も多くは乾燥機。光熱費が飛ぶ。

 

外へ出た時は6月まではマスクを必ずする様になった。

 

この頃は 解体されると信じていたので 

大変だけど 解体されるのを待っていた。

 

 

 

(このブログの転送やリンクはご遠慮ください)

 

 

 

 

 

 

 

4月14日 向かいの家で火事が発生

向かいと言っても細い道なのですぐ目の前の大きなお家です。
 
火事は2階から起き、私はその時辻堂SCで仕事の打合せ中だった。息子から連絡が入り急いで自転車で帰宅。
 
息子が家をでた瞬間に大きな煙に気づき、「火事だ〜」と大声で叫んで、すぐ目の前の男性が消防へ通報した。
 
甥っ子たち(子供)が、家主のおばさんが大丈夫なのかすぐ玄関を開けたら、
2階から家主のおばさんが階段をおりてきた。
 
それを息子も見ていた。おばさんはもうどうしたらいいかわからない様子だったそうだ。
 
消そうとしたのかもしれません。
 
不思議なのはカナロコのニュースの記事に「出火した時、住民二人とも外出中だった」と書かれていることだ。
 
階段から降りてきたのはなぜだろう。今度確認して見ようと思っている。
 
 
その後 うちの車は外出中で近くのコンビニに夜までとめさせてもらった。
 
駐車場3台を消防にすぐ提供した。場所がなかったためだ。
 
うちの親戚の車はあまりの緊急移動に慌てて車をぶつけた。あまりにも急だったので災難でした。
 
それから消防署による懸命なチームプレーで消火活動が続いた。全員無事で 火は数時間後には収まり夜中に再燃火災が起き、消防署さんがまた消火した。懸命な活動で 朝まで警察の方たちが寝ずに再発防止や警備に当たっていた。
 

火事になったら近所の方は家の中にいてはいけない!

 
私は消防員さんたちを潜り抜け 家に入り、窓を全部しめ 2階の窓から眺めていた。
 
このことは後で大変、息子に注意を受けた。これは一酸化中毒で亡くなる可能性が高いからだという。
 
色も匂いもないまま、一酸化中毒になるそうだ。確かに 家にいてめまいがした。
 
その夜から 煙と焼き鳥みたいな匂いが 家中だけでなく着衣や持ち物全部についた。
 
しばらくはものすごい匂いだった。仕方がない。
 
翌々日におばさんにお会いすることができた。
 
大変なことに心から寄り添いながらほんのつかの間だったけど、お話しをし励ましました。
 
↓当ブログでは画像や記事のリンクや転載を禁止しています↓
 
 
*画像や記事のリンクや転載を禁止しています。