🎵　あるひ　もりのなか

　　くまさんに　であった

　　はなさく　もりのなか

　　くまさんに　であった

今から50年前、25歳ぐらいの時、石を投げれば人に当たるような、過密でスラム化してしまった横浜市に我慢がならず、岩手県に移住しました。まるっきり親類縁者はいませんでしたが、私には自然が親類縁者だったので何の不安もありませんでした。

よく、一度しかない人生といいますね。輪廻転生があるかどうかは分かりませんが、私にとって、今のこの大切な人生を無機質な直線、直線、さらに直線で構成された都市で生きるなんて、別の意味で直線構造に囲まれた留置場で生きるようなものです。

私のドアを開けばそこには空があり光があり、風が渡り、鳥が飛び無数の命が充満しているのです｡

昔の中国の詩人が詠嘆しました。

「帰りなんいざ、田園まさに蕪れなんとす、なんぞ帰らざる」＊1　　

ですから25歳の時に私のHeimat＊2に帰りました。

私は幼稚園の頃から、蝶や🦋蜂の🐝採集に明け暮れる子供でした｡

大人になっても山頭火のように、山野に「分け入っても分け入っても青い山」だったり、天皇陛下の妹さんのさーやの、「生くるものら命の歌の響もしてあした苑生に光みちくる」＊3のような自然の充満する世界で生きてきました｡

ですから生粋の岩手っ子よりも山野の地理には詳しく、多種多様な生き物の中で過ごしてきました。

さて、今日は森の熊さんのお話です。宜しかったらお読み下さい。

岩手にきて50年、熊との遭遇は100回を下りません。

遠目だったり、我知らずの接近遭遇だったり、真新しい足跡だったりさまざまですが、運が良かったのでしょうね、一度も接触事故はありませんでした。

熊は大変美しい生き物です。あの漆黒の毛は、カラス🐦‍⬛の濡羽色のように幻色しない分、本当に真っ黒で、まるで白光すら反射せず吸い込んでしまうような、現代流に言えばブラックホールが生きて歩いているようです。

横から見ると頭部は桃の種のようで、臀部は丸く大きく非常に魅力的な体型をしています。平和な時は顔も可愛いですね。

自然の中でクマを見ると、そのあまりの美しさと、自然の造形力の偉大さに感動するでしょう。

これまでは熊と人間は上手く棲み分けていたので、人間は審美的な感動に酔うこともできました｡

しかしこの数年、その棲み分けも破綻して、互いの存在が互いの脅威になってしまったようです。

　　　　　　　月に吠える！

地球の温暖化による植物のダメージがもたらす全動物の生存危機が基盤にあるものと思います。

また人間の心のアーバン化により、気がつかないうちに自然に対して興味と共感を失った結果、自然と人間の乖離が深刻化していると思います。里山の荒廃がそれを如実に示しています。人間はもう自分の出自である自然に背を向けている・・・そう思います。

生物はその生息範囲を広げようとするのが唯一のレーゾンデートルですから、現在の熊が里山を超えて人間の領域に進出するのは当然ですね｡

さらに現代人は自然に背を向け、アーバンというバーチャル空間に無意識に全存在をあずけてしまい、原因のわからない焦燥感に苛まれているように思います。

クマもまた同様に、街に出れば直線、直線さらに直線で構成されている空間に違和感を感じ、さらに焦燥感だって感じるのではないか、アーバンベアーには心の休まる時があるでしょうか。

山にいれば無為に寝そべっていることもできました。本当に一日の苦労は一日で終わるような世界だったでしょう。でもアーバンに出れば山にはなかったような異音が常に付き纏い、その不安の果てに凶暴、攻撃的になってしまいます。それが今のアーバンベアーの姿だと思います。

私はこれはクマの悲劇だと思っています。あんなに美しい生き物が何かに翻弄されて、本当に哀れだと思います。

今年の五月の中頃、採卵のため、コツバメ＊4という蝶の毋蝶採集に、山田線という秘境鉄道の、これまた無人の有名な秘境駅の大志田駅に行きました。残念ながら秘境駅だった駅は廃駅となり、駅舎も無くなっていましたが、高台にあった駅の下に保線区用の古い作業小屋があり、ツツジが蕾の状態だったので車を横付けして、毋蝶を探しました。コツバメはツツジやアセビの花や蕾に産卵をする特徴があります。大きな株でぐるりと向こう側に沢山蕾をつけていたので回ると、物凄い獣の臭いが漂い充満してきました。危ないと思ったのですぐに車に乗って避難しました。ツツジから作業小屋まで２〜3mの距離で、或いは殆ど打ち捨てられたこの小屋に潜んでいたのかもしれません｡

私は自然児ですからこういう時は敏捷で、自然からの危機に対して躊躇逡巡はしません。だからこれまで接触事故がなかったのかもしれません。それにしても熊ってあんな物凄い臭いがするものなのでしょうか。

また最近、岩手県北上市の和賀町で相次ぐ熊の人身死亡事件が発生しています。和賀町山口では7月4日、81歳の女性が家の中に侵入した熊に殺されました｡私のクライアントさんがこの家から数百mのところにお住まいで、事件の翌日にあたる日に経緯を知らずにお伺いしてびっくりしました。

さらに同じ和賀町岩崎の瀬美温泉と入畑温泉で熊による殺人事件が2件ありました。10月8日にはキノコ採りの70代の男性が入畑温泉の山林で行方不明になり、また昨日(10月16日)は、殆ど入畑温泉に隣接といって良い距離の瀬美温泉の60代の従業員さんが、夜中に露天風呂の清掃中におそわれ、大きな血痕を残して行方不明になりました。

のちに判明したのですが、この方は日本プロレス界で長年レフェリーをお勤めになられた笹崎勝巳さんという方で、ファンの間では「タイガー勝巳」という愛称で人気を博していたということです。事件を受けて大仁田選手がコメントを出されていました。

この事件に先立つ3週間前の9月下旬、ツマジロウラジャノメ＊5という蝶の分布調査に、まさにこの瀬美温泉と入畑温泉、その先の夏油温泉に行きました。

特に入畑温泉は休館中で、普段なら車から降りて調査をするのですが、何か何処となく脅威を感じたので車上調査をするしかありませんでした。この林はミズナラやオニグルミなどの混淆林で、クマの好む樹林です｡勘を無視していつものように林に分け入って探索をしていたら危なかったかもしれません。

私の予感が正しかったのか、8日の男性と16日の笹崎さんは、ほぼ同じこの山林でご遺体が発見されました。8日の70代男性のご遺体は頭部と胴体が離れて見つかり、16日の笹崎さんのご遺体も激しい損傷だったといいます。

特に笹崎さんのご遺体について考えると、瀬美温泉の露天風呂からこの山林にご遺体を運ぶには、露天風呂から一度５〜6メーターある崖下の谷川に降ろして、尚且つ20メーターほどの谷川を渡り、ご遺体を咥えて対岸の崖を登り林内に運んだことになります｡

捜索隊のご遺体発見時、ご遺体のそばにクマがいたので、ハンターがその場で駆除しました。クマがご遺体に執着していたということは、はじめから食べるつもりで襲ったということですね。

捜索隊は大声を出したり、爆竹で警報音を出したりしたのに、クマは本当に近くに行くまで逃げなかったということですが、いつも私が行なっている笛ロケットや、大声や拍手も熊によってはまったく無意味になってきているということです｡

盛岡近郊の雫石町では、多くの人に愛されている「松ぼっくり」というカフェテラスがあります｡ソフトクリームで有名で、毎日多くの車がやってきます。まるで萩原朔太郎の詩「閑雅な食欲」に出てくる珈琲店カフェみたいです｡＊6

背後は多種類の樹木の混淆林となっていて、さらに林の向こうは川幅の広い葛根田川が流れています｡とても愛らしいロケーションですが、この10日近所の高齢者がキノコ採りに行くと告げて行方不明になり、この林内でご遺体で発見されました。ご遺体には大きな損傷がありました。

亡くなられた方を非難するわけでは決してありませんが、この時期にキノコ採りや山菜採りは、思い切って自粛しないとかなりの高率で、命に関わることになります｡

そして遂に昨日(10月17日)、和賀町や雫石町のカフェテラスよりも、はるかに街中の花巻市北笹間の保育園の室内にクマが押し入ろうとしました｡園児は昼寝中で全員室内にいたので事なきを得ましたが、もし外遊びをしていたらどうなったか、これまでは高齢者が襲われていましたが、もうクマが人間を餌だと認識しているとなると、幼児の方が捕獲しやすいので、子供が犠牲者になる確率が高くなりました。

アメリカの9-11同時多発テロや、東日本大震災、そして能登地震は瞬間的なカタストロフィーだったので危機感も分かりやすいですね｡

しかし現在のこのクマによる人の殺傷事件は、緩慢に継続しているので判断がつきにくいと思いますが、トラやライオンが出没しているのと違わないのですから、各行政機関は平穏時のノーマルシーバイアス＊7から目覚めて、緊急非常事態として毅然とした対応ができなければいけないと思います。

これは現在の日本人の決断力や胆力が試されているのです｡

今日は楽しく生きて一日が終わり、夢の中で花咲く森のクマさんと遊びながら、すやすやと寝ていた幼児が明日にはクマに命を奪われてしまったら、責任ある行政官たちはどのようにお考えになるのか｡

私の生き物としての勘から、もうクマは人間を舐め切って、さらに餌だと思うようになっていると思います。これから冬を迎えて、窮乏したクマによる人間への殺傷事例は、これまでの比ではなく急速に増大するはずです。

さらにおそらくアーバンベアーは、冬眠をするとしても時期がずれ込むでしょうし、また人間や飼い犬、家禽など、豊富な食物のある状態では冬眠はしないかも知れないのです｡

どうか行政官の方々は、現在の東北地方のこの状況は、ウクライナやパレスチナガザの「戦闘相手」と同じく、人間的な倫理や道義の通じぬ、腹を空かせた猛獣との戦争だということを、肝に据えて迅速に駆除をしていただきたいと願う｡

この「戦闘相手」は悪の権化だが、クマはただただ我が身と、母グマなら子供を守ろうとの一心で生きている結果だから、私は駆除されたクマに涙する｡

＊1

陶淵明　陶潜 AD365〜427 中国魏晋南北朝時代の詩人「帰去来の辞」

帰りなんいざ田園まさに蕪れなんとす　なんぞ帰らざる　既に自ら心をもって形の役となし・・・

＊2

Heimat ハイマート　ドイツ語　故郷　古里　本来の居場所

＊3

平成七年歌会始御製御歌及び詠進歌

お題　歌

紀宮清子内親王殿下御歌

いくるものら

いのちのうたのとよもして

あしたそのうにひかりみちくる

＊4

コツバメは小燕の意味で、早春に年一回だけ発生するスプリングエフェメラルとして愛されています。

日本全土、ロシア極東部、中国東北部、朝鮮半島

　　ウキィペディアからお借りしました

＊5

ツマジロウラジャノメは、主に山地の荒い露岩の崖地に発生するジャノメチョウ科の蝶で、現在では環境の激変で希少になりつつある種類です。

岩手県立博物館所蔵蝶類標本目録に、瀬美温泉1996年9月19日2♂♂というデータがあったので、9月23日に瀬美温泉周辺の生息調査をしました｡

　　　ウキペディアからお借りしました

＊6

萩原朔太郎　詩集青猫　「閑雅な食欲」

#作中の珈琲店は「カフェ」と読みます　白鳥碧

松林の中を歩いて

明るい気分の珈琲店をみた。

遠く市街を離れたところで

だれも訪れるひとさえなく

林間の　かくされた　追憶の夢の中の珈琲店である｡

をとめは戀戀の羞をふくんで

あけぼののように爽快な　別製の皿を運んでくる仕組

わたしはゆったりとふほふくを取って

おむれつ　ふらいの類を喰べた

空には白い雲が浮かんで

たいそう閑雅な食欲である。

＊7

normalcy bias 正常性バイアス

災害や事故などの危機的状況に於いて、当面している事態が、平穏な日常の延長として無意識に受け止め、危機を過小評価してしまう意識状態をいいます｡

森のくまさん