道具にしろ、食にしろ、文化にしろ、あらゆる物はより適した形に時代の流れと共に進化していく。
昔の方が良かったと等の意見の多くは単なる懐古心や、慣れていないというだけで旧式に戻した方が良い物なんて挙げる方が難しい。
そんな中で疑問に思う物がある。処罰の体制だ。
処罰なんて堅苦しいものでなくていい、とにかく悪の裁き方の変化に疑問がある。
あまり詳しくは知らないが、歴史の番組等を見ていると、日本に限らず多くの国で、罪人に対する罰はより優しい物に変わっている気がする。
昔の拷問や処刑方法について調べて見れば、如何に現代に比べて残酷であったのかは深く検索をかけるまでもなく知る事が出来る。
つまり、時代の趨勢によって処罰というのは「罪人に対する慈悲」を中心に変化したという事になる。
これは進化なのか?と思う。
実際死刑判決というのは余程凄惨な行いをしなければ下される事はなく、ドラマも映画でも人を殺すような悪人に対し、彼らに対する憎悪を抑え『お前はこれから一生その罪を償っていけ』と赦す様なストーリーが多いし、それが理想なっている気がする。
何だそれ?何で人の命を奪う様な人間の命を尊重する必要があるんだ?と思ってしまう。
別に殺したいとかそういう事を言ってるんではなく、どういう意味があるのかが知りたい。
誰かの罪を赦す事で「あ、これやっても良いじゃん。どうせ赦されるし」と思う奴がでるかもしれない。
そもそも、情けを与えられて改心する様な人間は凄惨事件なんて起こすはずがない。(その点正当防衛に関してはもっと甘くして良いと思う)
何より、被害者の気持ちを考えてない。被害者は泣き寝入りするのと同じじゃないか。
罪人の罰し方は被害者に決めさせるべきだ。被害者が赦すのならそれで良いと思うが、ほとんどの人はそうは思わないはずだ。
「そいつを殺した所で〇〇は戻ってこない」とか「憎しみは憎しみしか生まない」とかクソみたいな偽善にしか聞こえない。
所詮、他人事なんだと思う。被害者ではない、第三者から見ればそういう展開にした方が綺麗に見えるからだ。道徳的に見えるからだ。
今の世の中は被害者よりも罪人を思いやっているのか、他人事なので重い処罰に背徳感を覚えるから避けてるのか知らないが、このやり方はおかしいなと思う。
人の気も知らないで許してやれよとか言ってる人間の気が知れない。きっとそういう人間の方が幸せに生きれるんだろうな。
って思ってるだけ