8月23日、上田市サントミューゼへ上田城跡能を鑑賞に行きました。
毎年この時期の恒例公演だったのですが、残念ながら今年で最終回とのことです。
だから気合入れて着物で行きました😁

着物は単衣の大島紬のおごじょ縞、博多織の名古屋帯でお太鼓結びに。
劇場やホールではやっぱりお太鼓結びが一番楽。
半幅帯でも、カルタ結びや矢の字結びなら、楽かもしれません。
本当は絽か紗の小紋か訪問着がいい。
着物警察の方がいたら言われるんだろうな〜とドキドキしましたが、なにもいちゃもんがつかなくてホッとしました。
第1回の薪能から観てきたので、これで終わっちゃうのが実は少し淋しく感じました。
本当は今年は安積野の薪能に行くつもりだったのです。
たけど最終回ならこちらを優先したいと思ったのです。
当初は上田も上田城の櫓門(やぐらもん)前に篝火(かがりび)を焚いて舞う薪能だったんですよ。
仕事終わりに駆けつけて見られる薪能で、私は良く行きました。
でも、途中から市民会館だったり、今回のサントミューゼになってしまい、足が遠退きました。
変わりに行き始めたのが、安積野薪能。
当然今回も此方に行こうと思っていたんですよね。
此方に行く予定だった。
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雰囲気を楽しむならやはり、薪能。
夏の宵闇の中、篝火の明かりだけで演じられる能は幽玄で、地謡(じうた)と囃子(はやし)の合間に聴こえる虫の音も良い風情を醸し出します。
それと安積野は新作能が見どころなんです。
犀龍小太郎いわゆる龍の子太郎の元になる伝説を能にしたものを上演するんです。
うーん、民話伝説好きの私には刺さる演目♪
伝説を巡ってから、鑑賞するとより趣深いかもしれません。
上田にも伝説あるんだから、作ればいいのになぁ。
でも小泉小太郎は大蛇の子ってことになってるわ。
山一つ隔てると、主人公の性格や属性も違うから不思議ですね。
犀龍を母に持ち、長峰山の白龍王を父に持つ安曇野の小太郎、かたや大蛇の母を持ち人間の父を持つ上田の小太郎。
二つの物語は共通していると、民俗学者柳田國男も言っています。
龍の子太郎の作者、松谷みよ子さんも、それは認めていらしたようです。
同じ話が、場所により変わるって面白いなぁと感じます。
と、脱線したので能の話に戻しましょう。
下の写真が能舞台です。
能楽堂でも、薪能でも、ホールでもこの舞台の様式は変わりません。
又、どんな演目でもこのままです。
それは悲劇の謡曲でも喜劇の狂言でも変わりません。
実にシンプルな舞台設計なんです。

そして、反対側の切戸口(きりとぐち)からは、後見(こうけん)と地謡(じうた)が出て来ます。
舞台の上がり下がりにも順番があり、アドリブは一切ありません。
舞も一連の動作の始めと終わりは必ず同じ場所になります。
西洋の舞台と違うのは、こういった決まり事が、どの舞台でも同じようにあることでしょうか。
アドリブも無しでどこでも同じ演目が同じ内容で見られるなら、面白味ないんじゃない?と思われるかもしれません。
でも、演者により雰囲気が変わるんです。
面(おもてといいます。)を付けるのはシテ方(主役)だけで、誰が付けても同じ面なんですが、舞の所作で面の表情まで違って見えるのが不思議です。
それだけに、演者の力量が如実に現れる。
舞手側からすると、そこが怖いところですね。
私も昔、観世流の仕舞をやった事がありますが、所作の一つ一つに本当に神経を使いました。手の角度や位置、指のそろえ方まで習った覚えがあります。
だから今回は、舞手の所作や装束の柄まで見える前列3列目を取りました。
人間国宝の舞をあんなに近くで見られるのは、そうそうない贅沢♪
眼福だわ。
考えてみると、日本の伝統芸能ってシンプルかつ合理的にできているからこそ、現代まで残っているのかもしれません。
あんまりに複雑で多様な演出じゃ何百年も続けるのは無理だ。
様式美を大切にするから最大限削落とせるのか。
或いは極限まで削ぎ落とすからの様式美なのか。
それはわからないけれど、この仕組みは日本人のアイデンティティに組み込まれているんだろう。
それは私の中にも当然の様に組み込まれているのだと思う。
これからも、折に触れ伝統文化に触れていきたいですね。


