その人に私は人生を大きく変えられた。そう言ってもいいだろう。
こんな男に…と今では思ってしまうショボイ男だ。
今から4年前、まだ冬の寒さが残る3月の中頃だったと思う。
一本の電話が私のパンドラの箱を開けようとしていた。
『もしもし、栞さん?』
『はい。あ、高岡さん?お世話になります。こんな時間に何かありましたか?』
高岡は出版社の社員、私は外注のイラストレーターという関係だった。
プライベートな用件で電話をしたことは一切なかった。
きっと急な仕事の用件だろうとアンニュイな気持ちになる。
ちょうど締め切りが一段落ついた時期で、しかも夜の8時を回ったところだ。
何か問題がなければ電話がかかってくるはずがない。
『あ、すみません。仕事のことで電話したんじゃあないんです。実は今月いっぱいで今の会社を辞めることになりまして…。えっと…。』
私に何か言ってほしそうな間があった。
仕事の用件でなかったことにホッとした私は少し饒舌になった。
『そうなんですか?残念です!せっかく楽しくお仕事させてもらっていたのに。』
大袈裟な口調であったが本心だった。
高岡は他の社員と違って外注である私に非常に親切に接してくれた。
第一印象の「爽やかで好青年」というイメージは最後まで崩れることはなかった。
『僕も残念です。』
残念という言葉とは裏腹にどこかうれしそうな口調だったのは、私が高岡の退社を悲しんでいるように聞こえたからだろう。
高岡はずいぶん前から私に好意を抱いていた。
以前ふと私が自分の夫の話をした時、高岡はすごく驚くと同時にがっくりと肩を落としたのだ。
『え!結婚してるんですか?あ、そうなんだ。え…あ……そうか…。』
しばらく言葉が出ない高岡の様子に確信した。
(私のこと好きだったんだ!)
誰が見ても明らかなその落ち込む姿を見て罪悪感にかられた。
私は仕事の時は旧姓を使い、指輪もはめていなかったのだ。
そして自分で言うのも何だが、いつも年齢より若く見られとても結婚しているようには見えないと周りからよく言われていた。
高岡は私より3つ年下だが、年齢を言うまでは私の方が年下だと思っていたらしい。
『寂しいけど次の職場でもがんばってくださいね。お疲れ様でした。』
あの時の高岡の姿を思い出し、居心地の悪さを感じた私はそそくさと電話を切ろうとした。
しかし高岡はまだ電話を切りたくない様子でダラダラとたわいもない話をし始めた。
そんな高岡に何だかイライラした私はこう切り出してしまった。
『じゃあ今度転職祝いに飲みに行きましょうか!』
高岡はびっくりしたようだったが私自身も驚いていた。
(何で私から誘っちゃったんだろう…。)
まんまと言わされたような感じがして後悔したが、高岡は素直に喜んでいるようだった。
『ぜひぜひ!いつなら都合いいですか?』
うれしそうな高岡の声を聞いて、私の中に残っていた罪悪感がすうっと消えていくように感じた。
『じゃあ今度の金曜日に。』
『楽しみにしています!』
電話を切ってから手帳に金曜日の予定を書き込んだ。
そして過去の予定を振り返り、ぼんやりと高岡の顔を思い出していた。
こんな男に…と今では思ってしまうショボイ男だ。
今から4年前、まだ冬の寒さが残る3月の中頃だったと思う。
一本の電話が私のパンドラの箱を開けようとしていた。
『もしもし、栞さん?』
『はい。あ、高岡さん?お世話になります。こんな時間に何かありましたか?』
高岡は出版社の社員、私は外注のイラストレーターという関係だった。
プライベートな用件で電話をしたことは一切なかった。
きっと急な仕事の用件だろうとアンニュイな気持ちになる。
ちょうど締め切りが一段落ついた時期で、しかも夜の8時を回ったところだ。
何か問題がなければ電話がかかってくるはずがない。
『あ、すみません。仕事のことで電話したんじゃあないんです。実は今月いっぱいで今の会社を辞めることになりまして…。えっと…。』
私に何か言ってほしそうな間があった。
仕事の用件でなかったことにホッとした私は少し饒舌になった。
『そうなんですか?残念です!せっかく楽しくお仕事させてもらっていたのに。』
大袈裟な口調であったが本心だった。
高岡は他の社員と違って外注である私に非常に親切に接してくれた。
第一印象の「爽やかで好青年」というイメージは最後まで崩れることはなかった。
『僕も残念です。』
残念という言葉とは裏腹にどこかうれしそうな口調だったのは、私が高岡の退社を悲しんでいるように聞こえたからだろう。
高岡はずいぶん前から私に好意を抱いていた。
以前ふと私が自分の夫の話をした時、高岡はすごく驚くと同時にがっくりと肩を落としたのだ。
『え!結婚してるんですか?あ、そうなんだ。え…あ……そうか…。』
しばらく言葉が出ない高岡の様子に確信した。
(私のこと好きだったんだ!)
誰が見ても明らかなその落ち込む姿を見て罪悪感にかられた。
私は仕事の時は旧姓を使い、指輪もはめていなかったのだ。
そして自分で言うのも何だが、いつも年齢より若く見られとても結婚しているようには見えないと周りからよく言われていた。
高岡は私より3つ年下だが、年齢を言うまでは私の方が年下だと思っていたらしい。
『寂しいけど次の職場でもがんばってくださいね。お疲れ様でした。』
あの時の高岡の姿を思い出し、居心地の悪さを感じた私はそそくさと電話を切ろうとした。
しかし高岡はまだ電話を切りたくない様子でダラダラとたわいもない話をし始めた。
そんな高岡に何だかイライラした私はこう切り出してしまった。
『じゃあ今度転職祝いに飲みに行きましょうか!』
高岡はびっくりしたようだったが私自身も驚いていた。
(何で私から誘っちゃったんだろう…。)
まんまと言わされたような感じがして後悔したが、高岡は素直に喜んでいるようだった。
『ぜひぜひ!いつなら都合いいですか?』
うれしそうな高岡の声を聞いて、私の中に残っていた罪悪感がすうっと消えていくように感じた。
『じゃあ今度の金曜日に。』
『楽しみにしています!』
電話を切ってから手帳に金曜日の予定を書き込んだ。
そして過去の予定を振り返り、ぼんやりと高岡の顔を思い出していた。