はじめまして🌻
21歳大学生の孫が祖母との日々をここに残していきたいと思います。
71歳の祖母が上顎洞癌になり、一緒の部屋に住んでいた孫の私が今1人部屋になってしまい寂しくなり少しでも祖母と共に生活してきた寂しさを紛らわしながら、祖母の復活を祈り上顎洞癌にいたるまで、上顎洞癌との戦いの日々、祖母との思い出を少しずつ振り返りながらお送りします😌💖
上顎洞癌の症例が少ないと感じ少しでも多くの方に役立てればなと思っております。
祖母が上顎洞癌になる2年前祖母は三叉神経痛になり一度脳の手術をしています。
三叉神経痛と判るまでに約10年かかりました。三叉神経痛の症状として祖母の場合、口の中の歯茎が痛く、だんだん口の中のどこが痛いかも分からなくなり、しまいには舌の裏まで痛くなるという症状でした。
祖母は元々痛みに強く、痛がりながら食事をとったり日々生活をしていました。
口の歯茎の痛みから始まったため、まず祖母は歯医者に行き検査をしてもらいました。
歯医者での検査では何も見つからず古傷の痛みとも言われそこで何年もの治療を行いました。それでも中々口の中の痛みは治まらず、歯医者に通って3年くらい経った時に口腔外科にいくことになりました。しかし、口腔外科でも悪いところは見つからなかったのです。
口腔外科に行った頃に、祖母の症状が一変したのです。口が風に当たることすらも痛く口が開けれなくなり、食事までもが食べれなくなりました。孫の前ではいつも元気で優しくずっと私の話を聞いてくれていた祖母が初めて私に痛くて苦しい表情を見せたのです。あの時私は初めて祖母が弱っていくのを見ました.....。急変した祖母を母が市民病院へと連れていきました。そこでお医者さんから「脳の三叉神経を支配するところに過労によって血管が下がり神経を圧迫している。」とお医者さんから説明を受けました。そこの病院では手術ができなかったため大きな病院に紹介していただき大きな病院でMRIやCTでの検査で三叉神経痛と分かり手術をしてもらえることになりました。
神経を圧迫している血管を他の場所に移動させてもらう手術が約7時間の手術が行われました。
ずっと同じ部屋で生活し一緒に寝ていた私は祖母が入院した1日目祖母がいない部屋を見て大号泣。当時の私はここまで大きな病気ではないと思っていました。すぐに戻ってきてくれると.....。
三叉神経痛での入院の時は今みたいにコロナ禍ではなかったので面会はできましたが、私は元々病院の雰囲気が嫌いで、祖母の苦しんでいる姿を見るのも怖くてお見舞いに行けず入院中は祖母の娘、私の母と母の姉が交代でお見舞いなどに行っていました。
私は手術が終わり退院間近の時に一度お見舞いに行き元気になった祖母の姿しか見ていません。
手術の2週間後元気に退院してきた矢先に......