今でも 家族のことで
こんなにしんどい思いをしなければならないのか、自分の気持ちを整理しながら、綴って行こうと思います。
色んなことを思い出して
また辛くなってしまうだろうけど
私も少しだけそう思えたように
自分だけじゃないって、誰かの孤独感が
ちょっとでも紛れたら、それだけでいいです。
父、母、弟、私、祖母(父方)の5人家族でした。
母親は、何かにつけ感情的にヒステリックに怒鳴りつけ、
そして、見栄っぱりで顕示欲や嫉妬心が人一倍強く、貧しい家に生まれて、
ちゃんとした教育も受けず、
社会で働いた経験もないままに結婚して主婦になったので、世間の常識というものが全くありませんでした。
あるのは、お金や物に対する非常に強い執着心と、自分の子供(私)を道具にして自分の見栄や
虚栄心を満たすことしか、頭にない人間でした。
父親は、早くに祖父(父親の父)が亡くなり、そこからたくさんの苦労があったみたいでしたが、結婚してからも独身貴族で、家族を顧みるような人間ではありませんでした。
そして、母親が暴れ出したら、父親も、話すよりも先に手を上げる人間でした。
家族を養ってはくれましたが、
母親の私への暴言や暴力も、見て見ないふりで
自分さえ良ければいい人でした。
私は、母親から過干渉、支配、暴言、暴力、
モラハラを受け続けて育ちました。
その逆で、弟には過保護、溺愛で、
何でも甘やかされて育ちました。
母は全てにおいて、
「私はここまでしてやってる、感謝しろ」
と家族に強要し続け、当然、両親の仲は不仲で
いつも母親のイライラや感情の矛先は
私への暴言や暴力でした。
父親の妹の叔母や従兄弟達が、
うちが実家になるので、
お盆やお正月で帰ってきても
嫁である母親は、叔母や従兄弟達に
根性悪な意地悪ばかりを続けていました。
小さい頃から一緒に住んでいた祖母が、いつも私に寄り添ってくれて、
唯一の味方だったのに、母親との不仲が原因で、家を出て行きました。
その後、父親も失業で収入がなくなり、母もパートで働き、私も必死にアルバイトをしたけれど、そこから、
みるみる家族崩壊に向かっていきました。
失業しても、まともに次の仕事を探そうとしない父親に、毎日毎日、ヒステリックに感情を剥き出しにして、大声で喚き倒す母親。
当時、大学生だった私は
必死にアルバイトをして
大学の授業料を確保するだけの毎日でした。
その大学すらも、母親が自分の見栄や
欲望を満たす為に、無理矢理進学させた
大学でした。
なのに、
「誰も大学に行けと言ってない」
「あんたのせいで、母親がどれだけ苦労してるのか分かってるのか」
と、罵声ばかり浴びせられる日々でした。
