大学の4年間は
今から振り返ると、何のために大学にまで行っているのか…自分の存在意義が見出だせない、
本当に辛かった時期でもありました。
家に帰ると、
家族を力ずくで支配しようとする毒母。
一家の大黒柱という自覚もなく、自分さえ良ければそれでいい毒父。
毒母に洗脳されて、母親と同調し姉の私を一緒に悪者にし続ける弟。
いつも優しくて、私を一番理解してくれていたお祖母ちゃん。
…がいました。
だけど、祖母は父親が家庭を顧みずに一人だけ独身貴族のように友人と遊び回っていても、諌めることはなかった…。
孫の私達のこともいっぱい可愛がってくれて大好きだったけど、いつも一番は息子である父親のことで、この祖母も息子を溺愛してました。
そして母親と折り合いが合わずに、家を出てこの毒家庭から一抜けしたお祖母ちゃん。
家の中で、唯一の理解者だったお祖母ちゃんがいなくなって、その時の私はこの世の終わりが来たような気持ちでした。
その時は分からなかったけど、
この祖母にしてあの父ありだったのだと、
大好きなお祖母ちゃんだったけど、
ああ、みんなそうだったんだ…と、
過去を恨んでも仕方ないのに
今でも、やりきれない思いに引っ張られてしまうこともあります。
それで私はと言うと、幼少から思春期にかけて毒母から虐待を受け続けてきたことで、まともな思考を持てずに、物事を全てネガティブにしか見られなくなっていました。
自分が生まれた家庭環境を悲観し、他人を羨んでばかりいました。
気持ちを吐くところが無いから、
話が出来る友人に聞いてもらったりしたことも
あったけど、ある時、別の友人だった子からこう言われたことがありました。
「出た!私、不幸。○○の不幸自慢がまた始まった!」
私には、そんなつもりは無くて、ただただ辛い自分の気持ちを聞いて欲しかっただけだったのが、今なら、彼女がそういう発言をした理由が理解出来ます。
当時、私は本当に物事を悲観的にしか見ることが出来ずに、自分一人だけが辛い、しんどい、一番不幸、そんなネガティブオーラを自分では気付かずに撒き散らしていたと思います。
家庭や家族に満たされなかった思いを、自分で埋める術を知らずに、この苦しみを分かって欲しい、誰かに埋めて欲しい、そうやって他者に求めてばかりでした。
友人達からしたら、
「いい加減にしろよ」
って思うのは、当然だったと思います。
私、10代から20代にかけての一番いい時期に
本当何やってたんだろう…
それぐらい、生まれた家庭環境や親から受けたものって、子供の人生を左右するぐらいの大きい影響力を持つんだって思います。
書き続けていたら
またネガティブな思いに引っ張られてしまいそうになるから、いったんここで止めて、続きはまた次回にします。