(これは、2020、3月に書きました)
「だって塩原なんて、何にもないじゃん!!」
と、何の悪気もなく、ごく当たり前のように彼女は言った。さらに、この意見は私だけではなく、みんなの意見を代表して言っているのよ、という堂々とした感じも受け取れた。
この言葉を言い放ったのは、私の同級生で、那須塩原市に生まれ、在住歴半世紀程度の女性である。
ご存じの通り、実際に塩原に行ってみれば、1200年の歴史ある名湯の数々をはじめ、風光明媚な景色、スキー、カヤックなどのアクティビティー、新鮮な山川の幸、工夫を凝らしたイベントなどなど盛りだくさんである。
何もここで、彼女を責める気は全くないけど、なんか“おらが故郷”を(もちろん、彼女にとっても故郷ですけど)こんな風に言われるのは、とてもシャクに触った。
故郷の地に対する彼女の勉強不足や彼女自身のパーソナリティーも問題だろうが、この地に半世紀も居る人に確信させてしまっているのが問題だと思った。
逆に、この地に生まれ育っているから、当たり前すぎて気づかないのかもしれない。毎食、超豪華フルコースだと、超豪華フルコースのおいしさがわからなくなってしまうのかもしれない・・・。一昨年案内したオーストラリア人は、目の前に広がる田んぼに、「アイラブ・ライスフィールド!!」と興奮して叫んでいた。けど、私たちには、「ハイ田んぼですけど、何か・・・?」的な具合なんだろう。これは、感性とかセンスとかの問題ではないような気がする。
長年連れ添った夫婦が、いつもそばにいる親友が、お互いを当たり前と思って感謝しなくなってしまったり、ぞんざいに扱うようになってしまうようなもんだと思う。
ま、そんなわけで、あるのもを当たり前と思わずに感謝して、そして誇りに思って生きていくという心が大切なんだと思った(これが難しいんだけどね・・・)
新型コロナで延期されてしまった東京オリンピックはどんな形で開催されるかわからないけど、そうなれば、わんさか外国人がやってくる。すっかり見慣れてしまった故郷の魅力だけど、ここで外国人になったような気持ちで改めて見直すと、ものすごく楽しい発見ができるかもしれない。
