コロナ渦で、高齢のカテゴリーということで双子歩く歩くの場合だと帰省せずに大きな市立病院で出産するしかないと言われて、自分の命よりも子供達の命を優先するために帰省せず川崎の病院で帝王切開で出産したことについてお話しさせてください。

 

私は長野県出身ですが、コロナについて中国で囁かれ始めていた時期だったので、出産は動かずに夫の自宅に一番近い市立病院にしてくださいと、希望していた遠くの病院の医師にほぼ強引に強制されました。真顔

 

ふるさとで産むわけでも両親やベストフレンドがいるわけでもなかったので、非常に不安ではありました。

 

それに、夫はアジア系の外国人で、しかも出産にやや臆病になっていたことや仕事もとても忙しかったので毎日でも必ず一緒にいてくれる十分な時間を作ってくれていなかったのも不安要素だったかもしれません。真顔

 

ただ、私は夫の子供を前に死産してしまっていたことが心残りだったので、

 

絶対に今回の妊娠では安全で万全の健康状態で出産するために、赤ちゃんたちができるだけ長い時間私のお腹から栄養を摂取できる様にと、自分の気持ちは優先せずに、子供達の健康を優先しました真顔

 

そしてその不安は実際に当たって、良くない結果をもたらしましたびっくりマーク

 

なぜでしょう。看護婦さんたちは皆さん大変冷たかったのですゲッソリ

 

原田さん?原口さん?(覚えないといけなかったのですが、ものすごく忙しかった。いまでも忙しいけど。)という看護婦さんは特に怖かったです。全く知らない人ですが、私のことを生まれた日から全て知っているかという様なでかい態度で話してくる人でしたゲッソリ

 

最後の検査の日には、私は双子を抱えて病院に行っているにもかかわらず、ものすごく長い時間個人的な必要の無いお話をさせられて、その日は病院を出る直前でトイレで吐いてしまいました真顔

 

双子の赤ちゃんがお腹にいる状態だったので、本当に心身ともに恐怖でした真顔

 

この時点で、この病院で出産することについて不安しかなかった直感を信じるべきだったと大変後悔していました真顔

 

入院初日には、原田看護師は私の横たわるベッドにまで来て「広いお部屋でよかったですねえ!」呼吸が追いつかない私に、間髪入れずに「これ残してるんですか食べるんですか もっていきますね」と、さっさと私の食べかけの食事まで勝手に持って行ってしまいました真顔

 

私の体にだけ影響するならいいのですが、この行為は赤ちゃんにも影響するわけなので、なんでこの病院で生むという選択を私はしたんだろうと、もう死ぬ覚悟しかなかったかもしれません真顔

 

私は一応大学をアメリカで卒業しているのですが、日本語で話すと間抜けに聞こえたりしているとかなのでしょうか 失礼極まりない扱いを受けた気がします。

 

一旦前半のお話ここまでスター

 

また時間あるときに、後半書きます