母に話した後

どのくらいの間隔で父に話したかは

忘れてしまいましたが


夜ベッドの中で

明日も行きたくない

行きたくない


行きたくない

行きたくない

行きたくない

行きたくない


どうしたら良いのか

分からないパニックが襲ってきて


夜中に1人

マンションの部屋を抜け出して


自宅のあった階と

最上階とをつなぐ

螺旋階段のようなところに行って

夜空を眺めた日がありました


真っ暗な中に

小さな小さな星が

点、点とだけあって


あーなんかもう

あの星になっちゃいたいな

と思い


立ち上がって

階段の手摺りから身体を乗り出し

下を見つめていました


闇に吸い込まれるように

身体がそのまま

手摺りを越えて

滑り落ちることができたら


どんなに楽か、、、


でもできない


でももうそっちに行ってしまいたい


どのくらい

その思考を巡らせていたのでしょう


覚えていませんが


そこに

私が部屋に居ないことに気付いた父が

やってきました


母から

どうやらいじめにあっているらしい、

ことは聞いていた


辛いな

辛いよな


でも

死んじゃあだめだよsunny

死なないでくれ


共感して

死ぬなという言葉で

私の存在を肯定してくれた


この数年後

父からの酷い裏切りに遭うことにはなるのですが


その時はまた

頑張らなきゃ、と

思った時でした


………………………


私はこの時から

42歳になったこの歳まで


大きな衝撃があった時

何度か


自分をこの世から消す

という選択を

取ろうとしたことがあります


私の場合

最後までそれを全うすることなく

むしろ

我にかえることが多いのですが


今お世話になっている

カウンセラーの先生に


「いまここ」

に戻る儀式のようなものに

なっているのだろうと

分析して頂いて


とてもスッキリした

ということがありました


どうしてこんなことしちゃうんだろう

繰り返し辛い気持ちになり

自分責めを繰り返し


けれど

全うすることすらできず

未だ生き続けている自分を

情けなく思うのではなく


辛いことから

現実に戻ろうとする、

自分は生きているんだ

生きていたいんだ


ということに

こうでもしないと気付くことが

できないような環境に

生まれ育った


ということなんですね


もっともっと

お父さん、お母さん

お爺ちゃん、


私が家族と思う人に

求めるように

愛されたかった


あの人たちの思い通りにならないと

生きている意味がない


良い子で優秀じゃないといけない


あの人たちを少しでも

悩ませたり

不安にさせたり

怒らせたりしたらいけない


そんな子は

生きている価値がない


そんなトラウマを解消して

生きることを選択して

幸せになることを選択して


私を選んでくれた旦那くんと

心から愛する子供たちに支えられ


今日も私も

取り組んでいます


どうか

同じように

頑張っている方


死なないで


いま、ここにいる私たちは

幸せを選択できる権利が

ちゃんとあります