導入
「社会が甘すぎる」—この一言に、今の日本が抱える病理が集約されていると感じています。
凶悪化する少年犯罪、軽率な行動で企業に大損害を与える「バイトテロ」。これらは、子供たちを「守りすぎ」、彼らに自己責任の重さと「痛み」を教えることを放棄した社会の必然的な結果ではないでしょうか。
僕は主張します。時代錯誤な少年法は直ちに廃止、または大幅に適用年齢を引き下げるべきです。そして、教育の現場から完全に消え去ろうとしている
「一定量の叱責と痛み」の必要性を再考すべきです。
本論1:少年法は、もはや「甘えの温床」である
少年法が未成年の更生を目的としていることは理解できますが、
現在の適用範囲は、あまりにも現実離れしています。
1. 情報社会における「分別」の境界線
小学生ですらスマートフォンを持ち、大人と変わらない情報にアクセスし、
複雑な知識や人間関係を形成しています。
凶悪な事件の手口や、場合によっては危険な薬品の精製法まで容易に知ることができる時代です。
幼稚園や保育園を卒園し、社会の基本的なルールを理解し始めた年齢以降、彼らを一律に「未成年だから特別に保護すべき」とするのは、
時代錯誤すぎると言わざるを得ません。
少年法による過度な保護は、義務教育以前の本当に未熟な段階で区切るべきです。
2. 悪と分かってやった行為に「更生」は不要
近年多発するバイトテロや、バズり目的の愚かな行為を繰り返す
中学生・高校生を見てください。
彼らが、自分の行為が「悪」であり、周囲にどれほどの迷惑をかけるか認識できていないと、到底思えません。
少なくとも、自分の行為が『善か悪か』これだけは絶対にわかっているはずです。
自分の行為が悪だと分かって実行したなら、
それはもう自分で責任を負うべき行為です。
自分の行動に責任を負う大人と同等に扱い、裁かれるのが当然の信賞必罰です。
3. 模倣犯を防ぐための「巨額賠償」という信賞必罰
バイトテロなどの愚かな行為で信用や売り上げ、株価を落とされた企業は、
数千万、数億という損害を被ります。この損害は、悪意を持って行動を起こした個人に容赦なく、そのまま科してよいものです。
自分の行為によって一生人生を棒に振ったとしても、それは自業自得であり、
当然の代償です。この厳しさが、軽率な行動の模倣犯を防ぐ最も強力な抑止力となります。
悪とわかってやっておいて、少年法があるから自分は守られて当然。
そういった心理的セーフティーネットになっているのが今の少年法の犯罪の温床になっているのではないでしょうか?
また、少し脱線しますが、悪意を持って痴漢冤罪をでっち上げる行為も同様です。
男性側は『嫌疑をかけられた時点で』理不尽に人生を破滅させられる以上、
悪意をもって冤罪を生み出した加害者には、同等以上の数億レベルの賠償金を科すべきです。
女性であれば、自らの身体を売ってでも金を作り、その代償を払わせるほどの厳罰があって当然です。
※もちろん、これは売春などを是とするということではありません。
本論2:「痛み」の排除が生んだ、責任感の欠如
なぜ、これほどまでに「悪と分かって行う」行動が増えたのでしょうか。
それは、社会全体が「叱責」や「痛み」を徹底的に排除しようとした結果、
ルール違反の重さを肉体・精神で学べなくなったからです。
常に褒められ、認められ、不都合なことがあれば親がモンスターペアレントとなって周りを責め、子どもの望む展開だけを用意する。このような指導は、子供の認知を大きく歪めます。
というか、これはもはや『指導』ではありません。
1. 社会人としての不可避な要素
社会は、常に思い通りにいくわけではありません。
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ルールや秩序を破れば、必ず不愉快なことや
肉体的・精神的な痛み、ペナルティが伴う。
このシンプルな真実を、子供のうちにきちんと教え込むことは、
社会人として巣立っていくために不可避の要素です。
暴力は論外ですが、自分の非を認めさせ、ルールの重さを知らしめるための
一定量の厳しい叱責や適度な暴力による肉体的苦痛、
自己責任に伴う不利益(痛み)を経験させることは教育・指導上では不可避であり、
必ず必要です。
結論:厳しさこそ、真の愛である
今の社会に必要なのは、**「甘やかすこと」ではなく
「責任を負うことを学ばせること」**
です。
少年法を適用年齢の引き下げまたは廃止し、
そして教育において「痛み」を伴う厳しさを復活させること。
これらは暴力などの奨励ではなく、本来の教育というものをとりもどし、
無責任な人を産まないための、親と社会が果たすべき真の責任であると確信しています。