設問1
債権者代位訴訟(民法423条)は、債務者が第三債務者に対して有する債権(以下、「代位債権」とする。)を、債権者が代わりに行使する訴訟形態であり、債務者のための法定訴訟担当の一種である。債権者は、債権者代位訴訟を提起することによって代位債権についての管理処分権を取得することとなる。従って、債権者が債務者に対して有する債権(以下、「被保全債権」とする。)は、債権者の当事者適格を基礎づけるものであり、訴訟要件の1つである。
訴訟要件は、本案判決をするために必要とされるものであり、公益上の理由に要請されるものであるから、原則として、職権調査事項に当たる。従って、裁判所は、当事者の申立てを待たずにその存否に関する調査を開始することになる。
訴訟要件を基礎づける事実の確定に必要な資料収集に関しては、訴訟要件が公益上の要請に基づくものであることから、原則として、職権探知主義が妥当する。もっとも、債権者代位訴訟における被保全債権の存否は、本来債権者の債務者に対する実体法上の請求権であり、それ自体が訴訟物となりうる性質のものである。そのため、弁論主義が適用されるべき性質を有しており、被保全債権の存否に関する資料の収集は、当事者の権能と責任とされると解すべきである。従って、裁判所は当事者の主張しない事実を認定して被保全債権の存否に関する判断をしてはならない。
本件において、被保全債権たる甲の乙に対する貸金債権の存否は、以上のように審理される。
設問2
甲の乙に対する貸金債権の存在は当事者適格を基礎づける訴訟要件であるところ、この訴訟要件の判断を省略して、請求棄却判決をすることができるかどうか問題となる。
たしかに、請求棄却判決をすることが明白であるにもかかわらず、訴訟要件の審理を継続させることは、訴訟経済の観点から妥当でないようにも思われる。
しかし、訴訟要件とは、請求の当否につき、本案判決をするために具備していなければならない要件をいう。この訴訟要件は、訴訟制度の効率性の観点から、本案判決に至るべきかどうかを選別する機能を果たす。
また、実質的に考えてみても、債権者代位訴訟における被保全債権の存在は、代位債権者の当事者適格を基礎づける訴訟要件であるとともに、債務者への既判力の拡張(115条1項2号)を正当化するものである。このような被保全債権の性質にもかかわらず、この存否の判断を省略して請求棄却判決をすることは、債務者への既判力の拡張の正当化根拠を判断しないということであり、妥当でない。
従って、被保全債権の存在という訴訟要件の判断は常に本案判決に先行しなければならず、この判断を省略して請求棄却判決をすることは出来ないと解すべきである。
設問3
115条1項2号が、法定訴訟担当における本人に対しても既判力の拡張を認める根拠は、手続保障の代替的保障がなされていることに求められる。先述のように、被保全債権の存在は、代位債権者が代位債権の管理処分権を取得し、判決の既判力を債務者に拡張する根拠となるものである。この被保全債権が存在しなかった場合には、既判力を債務者に拡張する前提を欠くことになる。 
従って、甲の乙に対する貸金債権が存在しなかった場合には、甲の提起した債権者代位訴訟の既判力は乙には及ばないと解すべきである。
平成10年旧司民訴
1.問題の所在
各設問は、それぞれ後訴において取消権(民法96条1項)、相殺権(民法505条)、建物買取請求権(借地借家法13条)を行使して前訴の確定判決の効力を争うものである。すなわち、前訴の基準時前に生じていた形成権を、基準時後に行使して前訴確定判決の効力を争うことが許されるかという共通の問題を有している。
2.既判力の遮断効と期待可能性による調整
既判力の遮断効により、口頭弁論終結前に生じていた事由に基づいて、基準時における訴訟物の存否の判断と矛盾する主張をすることは許されない(民事執行法35条2項参照)。この趣旨は、紛争解決の法的安定性を図ることにある。基準時前に生じていた形成権の行使を認めると、紛争解決による法的安定性を害することから、当該形成権を基準時後に行使して前訴確定判決の効力を争うことは原則として既判力によって遮断されると解すべきである。
もっとも、既判力の遮断効の根拠は、前訴口頭弁論終結時までに当事者が主張立証をつくす機会が与えられていたという手続保障が満たされていることにある。このような根拠からすると、前訴において当該形成権の行使を主張することが期待することができない場合においては、手続保障が満たされていたとはいえず、既判力の遮断効は及ばないと解すべきである。従って、この場合には、例外的に、基準時前に生じていた形成権を行使して既判力ある判断と矛盾する主張をすることも許される。前訴における期待可能性の有無は、訴訟物と当該形成権との関連性を考慮して、当該形成権が訴訟物たる権利関係に付着する瑕疵であるか否かによって決すべきである。
以上を踏まえて、各設問につき検討する。
3、設問1
XのYに対する前訴の訴訟物は売買契約に基づく代金支払請求権である。前訴の請求認容判決の既判力(114条1項)は、同請求権が口頭弁論終結時において存在したことについて生じている。一方、Yは、Xからの前訴確定判決(民事執行法22条1号)に基づく強制執行に対して、請求異議訴訟(同法35条1項)を提起し、前訴口頭弁論終結時において同請求権がなかったことを主張している。この主張は、上記売買契約がXによる詐欺(民法96条1項)によって締結されたものであり、Yが前訴口頭弁論終結後にこの取消権を行使したことに基づくものである。
売買契約に取消事由があることは、売買代金支払請求権に付着する瑕疵であるといえる。従って、前訴における取消権の行使は期待可能であるため、Yによる取消権の主張は既判力により遮断される。従って、当該取消権の行使して確定判決の効力を争うことは許されない。ただし、刑事上罰すべき他人の行為により取消権の主張が妨げられた場合などには、338条1項5号により、再審において取消権を主張することが認められると考える。
4、設問2について
前訴の訴訟物は、XのYに対する消費貸借契約(民法587条)に基づく貸金返還請求権であるため、前訴認容判決の既判力は基準時において同請求権が存在することについて生じている。Yは、前訴既判力の及ぶ後訴において、前訴基準時前に生じていたYのXに対する債権を自働債権とし、XのYに対する債権を受働債権とする相殺(民法505条)の主張をしている。 自働債権は、訴訟物として争われた受働債権とは無関係の債権であり、相殺権を行使するかどうかの判断は自由である。また、相殺は相手方の債権の存在を認めるとともに、自己の債権の不存在について既判力が生じる(114条2項)ため、実質的な敗訴に近い。
以上のことから、前訴において相殺権の主張を期待することは酷である。よって、Yによる相殺の主張は既判力により遮断されず、確定判決の効力を争うことは許されると解すべきである。
5、設問3について
前訴の訴訟物は、XのYに対する賃貸借契約(民法601条)終了に基づく建物収去土地明渡請求権であり、その認容判決の既判力は同請求権が基準時において存在したことについて生じている。
後訴において、Yは基準時前に発生していた建物買取請求権を行使することを主張し、前訴確定判決の効力を争っている。
建物買取請求権は、建物収去明渡請求権に内在する瑕疵に基づく権利ではなく、建物保護という政策的目的により認められた権利であり、訴訟物たる権利関係に付着する瑕疵であるとはいえない。また、土地明渡請求の部分を認めるものであるから実質的に敗訴を認めるものであるため、前訴における主張について期待することは酷である。
以上のことから、Yによる建物買取請求権の主張は既判力により遮断されず、これによって確定判決の効力を争うことは許されると解すべきである。
小問1
1.(1)の主張の訴訟法上の意味
本問訴訟の訴訟物は、XのYに対する売買契約に基づく代金支払請求権である。Xは、請求原因として、XがYに対して中古機械を代金300万円で売ったことを主張立証しなければならない。
これに対して、Yの第1回口頭弁論期日における主張(1)前段は、Xが証明責任を負う売買契約締結の事実を認める旨の陳述であり、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述であるため、裁判上の自白が成立する。一方、主張(1)後段の錯誤無効(民法95条本文)の主張は、Xの売買代金支払請求権の発生を障害する事実の陳述であり、抗弁に当たる。
2.(2)の主張の訴訟法上の意味
売買契約の相手方がYではなくZであるという事実は、Xの主張と両立しない事実であるため、理由付き否認(規則79条3項)に当たる。一方、既に自白した主張(1)と矛盾する主張であるため、自白の撤回に当たる。
3.(2)の主張の訴訟法上の問題点
ア、自白の拘束力
そこで、既にした自白を撤回することは認められるかどうか問題となる。この問題を検討するに当たり、まず自白によって発生する効果について論じる。
 弁論主義の第2テーゼより、裁判所は当事者に争いのない事実はそのまま判決としなければならない。このように、自白にかかる事実は裁判所がそのまま判決の基礎とすることにより、その事実について当事者は証明することを要しなくなる(民事訴訟法179条)。その結果、自白の相手方当事者は、もはや自己が証明責任を負う事実を証明しなくてもよいことについて合理的な信頼を形成する。この信頼を保護するために、自白は原則として撤回することが出来ない。
イ、自白の撤回の要件
 もっとも、①相手方の同意がある場合、②刑事上罰すべき他人の行為によって自白したとき、③自白にかかる事実が真実に反し、かつ自白が錯誤に基づくものであることを証明したときには、自白の撤回が認められると解すべきである。
 本問においても、以上の事情がある場合には、自白の撤回が認められる。一方、このような事情がない場合には、Yの主張(2)は排斥される。
小問2
1.問題の所在
 前訴はYを被告とする訴訟であるため、この訴訟の既判力(114条1項)は後訴被告のZには及ばない(115条1項)。従って、Zの代表者Yは、前訴の訴訟経過に関わりなく後訴であらゆる主張をすることが出来るのが原則である。もっとも、Xが後訴を提起したのは、前訴においてYが売買契約の締結したのはZである旨を陳述したためである。そこで、後訴においてZが売買契約の締結したのはYであると主張することが、訴訟上の信義則(法2条)に反し許されないのではないか問題となる。
2.信義則による主張制限
 前訴において主張したことと矛盾する主張について訴訟上の信義則によるて遮断が認められるためには、当事者の当該主張が前訴における主要な争点となり、これについて裁判所が一定の判断を下すことにより当事者がその主張について合理的な信頼を形成し、後訴においてこれと矛盾する主張をすることが相手方の上記信頼を害すると認められる場合に限られるべきであると解する。
3.具体的検討
 本件において、XがYに対して訴訟を提起したところ、Yは売買契約の当事者はYではなくZ出ある旨を前訴第一回口頭弁論期日において主張している。これを受けてXは、直ちにYに対する訴えを取り下げ(261条)、Zに対して再度訴訟を提起している。
 たしかに、XはYの主張を信頼して、上記のような訴え取り下げ、後訴提起という一連の訴訟活動を行っている。しかし、Zが売買契約の当事者であるということについて裁判所は何ら判断をしていない。また、Xとしては、Yに対する訴えを維持したままZに対する訴訟を提起して、これを併合審理(152条1項)するよう要求することも出来たといえる。これらのことから、直ちに訴えを取り下げて再訴に及んだという行為については、Xの訴訟計画の稚拙さにも起因するものであるといえる。
 以上のことから、XにはYの主張について合理的な信頼が形成されているとはいえず、Yが後訴において前訴と矛盾する主張をすることも信義則に反するとはいえないと解すべきである。従って、Yが売買契約の相手方がZでないことを主張しても、その主張は信義則には反せず、原則通りYはこの主張をすることができる。
「失敗の最たるものは、失敗したことを自覚しないことである。」
                 トマス・カーライル

第1問
第1 Aについて
1.在籍出向の法律関係について
D社がAを懲戒処分にするためには、そもそもD社とAとの間に労働契約法(以下、「労契法」とする。)6条の労働契約が締結されていなければならない。
在籍出向は、基本的な労働契約関係は出向元企業との間で維持されたまま、労働契約上の権利義務の一部が出向元企業から出向先企業に譲渡される。そのため、出向先企業との間においても、労働契約関係が成立する。
Aは、C社からの出向命令を受けて、これに対して黙示の同意を与えているため、在籍出向は適法に成立している。
従って、D社とAの間には、労働契約が成立している。
2.懲戒処分の可否について
(1)懲戒処分の要件
 D社がAを懲戒処分にするためには、①「使用者が労働者を懲戒することができる場合」、②懲戒処分の客観的合理的理由、③社会通念上の相当性、の要件を満たす必要がある(労契法15条)。
(2)①使用者が労働者を懲戒することができる場合
「使用者が労働者を懲戒することができる場合」といえるためには、予め就業規則の内容として懲戒の事由および種別が明確に定められ、就業規則が適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることが必要である。
Aは、D社本社営業部において就業しているところ、同事業所においては、D社が懲戒処分をなしうる旨、懲戒事由、懲戒処分の種類が明確に定められていた。仮にこれが周知されていた(労働基準法(以下、「労基法」とする。)106条1項)場合には、上記の就業規則の内容はD社とAとの間の労働契約の内容となっている(労契法7条本文)。
従って、D社はAを①「懲戒することができる場合」に当たる。
(3)②客観的合理的理由の有無
ア 時間外労働義務の有無
②懲戒をする客観的に合理的な理由とは、労働者に就業規則所定の懲戒事由があることをいう。本件において考えられる懲戒事由は、業務命令違反の事由である。
Aは、水曜日及び木曜日共に、午前9時から午後6時まで就業しているため、労基法32条2項の法定労働時間は就業している。そのため、Aが時間外労働に関する業務命令に違反したといえるためには、Aが、労働契約の内容として時間外労働義務を負っていなければならない。
労基法32条の労働時間を延長して労働させることにつき、36協定が締結され、これが所轄労働基準監督署長に届け出されている場合においては、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をとなる。そのため、当該就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、時間外労働義務を負う。
本件において、同法36条1項の要件を充足する過半数代表者との間で36協定が締結され、時間外労働自由と延長時間が規定されていた。また、D社の就業規則には上記36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨が定められていた。この就業規則の定め、時間外労働義務が生じる事由も明確に定めれており、また、時間外労働義務を負う時間も4時間までと労働者に配慮がされている規定であるため、合理的なものである。従って、上記の内容はAとD社との間の労働契約の内容となっており、Aは、36協定に規定する事由及び時間について時間外労働を行うべき義務を負う。
イ 時間外労働義務の懈怠の有無
 本件において、Bの不手際によって生じた事態に対処する必要性があったため、上記36協定の「業務の必要上やむを得ない場合」に該当する。D社はこの規定に基づき、Aに対して、水曜日と木曜日についてそれぞれ5時間ずつの時間外労働を命令している。もっとも、上記36協定には延長時間は4時間が上限と定められているため、Aが時間外労働義務を負うのも4時間が限度である。
 Aは水曜日については午後6時から午後10時までの4時間時間外労働を行っているため、時間外労働義務の懈怠はない。これに対して、木曜日については一切時間外労働を行っていないため、時間外労働義務の懈怠が認められる。
ウ 懲戒事由該当性
 AはD社の命令に反して時間外労働を行っていないため、木曜日の分については、業務上の命令に違反するという懲戒処分事由がある。従って、Aには②懲戒をする客観的合理的な理由が認められる。
(3)③社会通念上の相当性について
 Aは、4時間分の時間外労働義務を怠ったに過ぎないため、業務命令違反の程度は軽微である。また、Aが業務命令に違反した理由も、自己の子供を迎えに行かなければならないというやむを得ない理由である。さらに、Aは水曜日については友人に子供を預かってもらうように手配しており、なるべく業務命令に従おうと努力をしている。
以上のことから、Aを懲戒処分にするとしても、Aに対して弁明の機会を与えた上で、最も不利益の小さい譴責処分をするのが③社会通念上の相当性を有する処分であるといえる。
3.結論
以上のことから、D社はAに弁明の機会を与えた上でAを譴責処分に付するべきである。
第2 Bについて
(1)Bについても、同様に、労契法15条の要件を満たすかどうか検討する。
(2)①「使用者が労働者を懲戒することができる場合」
ア D社の就業規則について
 E営業所においては、常時就労している従業員が8名であるため、労基法89条の就業規則の作成義務はない。もっとも、作成した就業規則がBとの間の労働契約の内容となるためには、それを周知させていなければならない(労契法7条本文)。しかし、E営業所においては就業規則の周知はされていなかったため、上記の就業規則の定めはBの労働契約の内容とはなっていない。
従って、D社の就業規則をもって①使用者が労働者を懲戒することができる場合には該当しない。
イ C社の就業規則について
 もっとも、C社の就業規則においてはD社就業規則と同様の定めがあったことから、これを根拠にD社がBを①「懲戒することができる場合」に該当するのではないか問題となる。
 しかし、出向元との間の就業規則の定めがそのまま出向先との間の労働契約の内容となるといえるためには、出向元と出向先の出向契約において、出向元の就業規則の定めに従うべきことが定められていることが必要である。
 本件において、C社とD社との間の出向協定には懲戒処分についての定めはなかった。従って、C社の就業規則に懲戒処分に関する定めがあったとしても、D社がBを①「懲戒することができる場合」に当たるとは言えない。
(3)結論
従って、D社がBを懲戒することはできない。
そこで、D社としては、早急に就業規則をE営業所においても周知する手続を経るべきである。これを行えば、D社はBを①懲戒することができる場合に当たり、また、Bは実際に上司の命令に違反しているため業務命令に違反した懲戒事由が認められるため、②懲戒をする客観的に合理的な理由が認められる。そして、譴責処分程度の懲戒処分であれば、③社会通念上の相当性も有するといえる。



第2問
設問1
1.X1~X10について
 X1らは、Y社に対して労働契約上の権利を有することの確認請求をするべきである。また、民法536条2項前段に基づき、解雇期間中の賃金について、従前の旧賃金規定に基づく賃金の支払を請求すべきである。
2.X11~X13について
 X11らは、Y社に対して、新賃金規定に基づく賃金と旧賃金規定に基づく賃金との差額20%分の支払を請求するべきである。
設問2
1.X1らについて
(1)解雇の有効性について
ア Yの主張及び法律上の問題点について
 Y社としては、X1らを労働契約法(以下、「労契法」とする。)16条に基づいて解雇したのは、P労組とのユニオンショップ協定(以下、「本件ユ・シ協定」とする。)に基づいて行ったものであるため、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものであるとして、有効であると主張するものと思われる。
 もっとも、X1らは、P労組を脱退した後に、新たにR労組を結成している。このような労働者についても本件ユ・シ協定に基づく解雇が有効であるかどうか問題となる。
イ 他の労働組合に加入した場合の解雇義務について
 ユニオン・ショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものであり、一般的には合理性のあるものである。
一方、労働者には、自らの団結権(憲法28条)を行使するため労働組合を選択する自由がある。また、ユニオン・ショップ協定を締結している労働組合(以下「締結組合」とする。)の団結権と同様、同協定を締結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきである。そのため、ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合から脱退し、他の新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、当該労働者の団結権を侵害するものであり、公序良俗(民法90条)に反し無効であると解すべきである。
従って、使用者が、ユニオン・ショップ協定に基づき、このような労働者に対してした解雇は、同協定に基づく解雇義務が生じていないのにされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠くため、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効である。
ウ 具体的検討
 本件において、X1らはP労組を脱退した後に新たにR労組を結成しているため、P労組の本件ユ・シ協定に基づいてX1らを解雇することには客観的に合理的な理由が認められない。また、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由も認められない。
 従って、Y社によるX1らの解雇は無効であり、X1らはY社に対して労働契約上の権利を有する。
(2)賃金について
ア Y社の主張
 Y社としては、P労組と新賃金規定に関する協定を締結したことによって、労働組合法(以下、「労組法」とする。)17条によって、X1らにも新賃金規定の効力が及ぶと主張するものと考えられる。
イ 検討
 Yの主張する通り、仮に7・10協定の締結によって、労組法17条の「同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受ける」との要件を充足したとする。
しかし、労働協約の一般的拘束力を、他の労働組合の組合員にも及ぼすとすると、当該労働者の団体交渉権を制約することになる。そのため、労組法17条の一般的拘束力は、他の労働組合の組合員には及ばないと解すべきである。
本件において、締結組合はP労組であるのに対して、X1らは、R労組の組合員である。従って、7・10協定の一般的拘束力はX1らには及ばない。
そして、Y社の就業規則は10月10日現在変更されていないため、X1らの労働契約の内容は変更されていない(労契法9条参照)。よって、X1らは、従前の旧賃金規定に基づく賃金の支払を請求することができる。
2.X11~X13について
(1)Y社の主張及び法律上の問題点について
 Y社としては、7・10協定によって、X11らの労働契約の内容は変更された(労組法16条)と主張するものと思われる。
もっとも、7・10協定が締結されたことによって、X11らの労働条件は不利益に変更されることになる。そこで、労働協約によって個々の労働者の労働条件を不利益に変更することが許されるかどうか問題となる。 
(2)労働協約の不利益変更と規範的効力
労働協約は、労使間の妥協の産物であり、一面においては有利であり他面においては不利であるというのが通常である。そのため、ある一面において不利益であることを理由に労働協約の効力が及ばないとするのは妥当でない。従って、原則として労働協約によって労働者の労働契約の内容を不利益に変更することは許されると解すべきである。
 しかし、労働組合制度の趣旨は、労働者の労働条件の維持改善を図ることにある。そのため、労働協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど、労働組合の上記目的を逸脱して締結されたような場合には、例外的に、労組法16条の規範的効力は及ばないと解すべきである。
 本件においてこれをみると、P労働組合の規約には、労働協約の締結に当たっては、「運転手班別集会」を開催する手続を経ることが必要とされていた。しかし、7・10協定の締結を決定した組合集会の前に、上記の運転手班別集会は開催されておらず、X11らの意見が適切に徴収されていなかった。
 また、旧賃金規定は、特に年齢の高いX11らにとって不利益な内容であった。また、賃金は労働者にとって生活の糧であり、極めて重要なものであるところ、新賃金規定においてはX11らの賃金は従前の20%も低いものとなっていた。そのため、7・10協定は、一部の労働者に対して殊更不利益に扱うものであるといえる。
以上のことから、本件においては上記特段の事情が認められるため、7・10協定の効力はX11らとの関係においてその効力を生じないと解すべきである。
従って、X11らは、Y社に対して、新賃金規定に基づく賃金と旧賃金規定に基づく賃金との差額20%分の支払を請求することができる。