このブログでも何度か大相撲については触れてきた。
大相撲の魅力や、行くべき道を自分なりに考えてきた。
がしかし、今回の賭博問題。
何も答えが見つからない。
正直、諦めに近い寂しい気持ちが先行する。
力士、親方、床山。
次々と出てくる関与関係者。
まだまだ氷山の一角に過ぎない。
他のスポーツとは違い、若くして入門できる世界。
義務教育を修了した23歳未満(新弟子検査日)の男子。
以上の条件を満たし、新弟子検査に合格出来たら、入門。
義務教育を終えたばかりの子供たちが、
一般世界とは全く違う社会を生きていくには、
相当な教育が必要であるはず。
何が良くて何が悪いのか。
俗世間からかけ離れた世界では、視野の狭さが命取りになる。
相撲をスポーツとするならば、
スポーツで一番大切な人格の育成。
この部分が欠落していたとしか思えない。
ある意味、日本文化の被害者であると言っても過言ではない気がしてしまう。
文化。歴史。伝統。
そこに日本があり、そこから日本が見える。
だからこそ、引き継ぐための労力が不可欠な世界。
選ばれし者だけが継承出来る世界。
その意識の欠落が一番の問題ではないかと。
人気スポーツと同じ感覚でいてはいけない世界。
ただ、他のスポーツよりも伝統を重んじる世界。
賭博や暴力団との関わりが相撲界の伝統であるなら、
それが日本。
それだけ。
今までメディアを通して見てきた、相撲はただのショーであって。
ただし、一つだけ忘れてはいけないこと。
未来の子供たち。
千代の富士や貴乃花に一喜一憂していたボクらの子供時代に
見ていた相撲の景色と。
今の子供たちが見ている相撲の景色は違う。
どう見えているのか。
不信感。怖い世界。自分とは関係のない世界。
夢を与えるなんて、クソくらえ。
砂場で相撲をする子供達、
縄跳びを廻し代わりにする子供達、
そんな光景を見ることはもう無い。
日本が何百年も前から継承してきた伝統を、
今後どうしていくべきか。
名古屋場所を行うかどうかなんてどちらでも良い。
未来の相撲界のために今こそ変革すべきである。
今しかない。
ことわざにもあるように、
他人の褌(ふんどし)で相撲を取るのではなく、
自らの力で、
褌をしめなおす。
奇しくも、明日6月23日は第二次世界大戦沖縄戦の終戦日。
今こうして生きている事に感謝し、日本を考える日。
伝統、歴史を重んじる日。
もう一度、
大相撲という伝統を継承してきた先祖の方々に感謝をし、
伝統を守り抜いて欲しい。
しんにゃ
「戦争が終わって 僕らは生まれた
戦争を知らずに 僕らは育った」
