牧口一二さんをご存知ですか?


 わたしも詳しくは知らないのですが、そのお名前と25年以上前にお聞きした講演の中のお話が忘れられずにいます。


 ご自身も足が不自由なお身体で、障がい者支援や理解のために活動されている方とわたしは認識しています。


メモを取ったわけでなく、そのお話があまりにもわたしの心に深く刺さり、残っているのです。


3つ、心に残っています。


 一つめ、


 しょっぱなから、

 あなたは、もし自分なら、目が不自由なことと、足が不自由なことと、どちらがより不便で嫌だと思いますか?と聞かれました。

そして、それはその人によりさまざまで、障がい者もさまざま。健常者と同じように多様で、障がい者間でも差別はあるというようなことをおっしゃいました。

 わたしは、そのとき、障がい者とお聞きすると、あまりにも一括りに捉え過ぎていたなと、その個性とそれぞれの感性にまで思い至っていなかったことに氣づきました。


 二つめ。

 工業的なデザイナーをされていた牧口さんは、あるとき、どこかの国の展示会で、脳性麻痺の人のための椅子を見て、衝撃を受けたと。

 それまで知っていた、脳性麻痺で、体が不随運動してしまい、絶えず動いてしまう人のための日本の椅子は、棒がかってあったり、ベルトで止めたりと、動く人を固定するものだった。

 

ところが、その外国の椅子は、クッションのように柔らかく、座った人の形に添って動き、それでいて安定している。動くこと前提で、それを止めない。というもの。


 わたしもそれには、感動しました。

なんという、柔軟な発想、視点。


 三つめ。

 これが一番心に残っています。


 当時起きた事件、三歳児をひとり、数日置き去りにして、死なせてしまった母親の話。


母子家庭だった2人はアパートに住んでいました。


母親は、働いていましたが、ときどき、遠くに住む姉から依頼されて、洋裁の仕事をしに、姉のところに出向いてしていました。



その時も姉から依頼があり、でも、いつも子どもを預かってくれる人が、その時は都合が悪かった。しかし、母親は、自分が行かないと、姉が困ると思い、いつもいい仕事を世話してくれる義理もあっただろう…。その息子は、三歳児にしてはしっかりしており、いつも留守番もしているし、食べ物を用意しておけば、自分で食べることもできる。そこで、母親は、子どもをおいて、姉のところに仕事をしに行くことに決めました。

 

子どもにはよく言い含めて、日にち分の食品を冷蔵庫に入れて、母親は、姉のところに出かけます。


仕事を済ませ、数日して帰ってくると、息子は息をしていませんでした。


牧口さんは言いました。

食べ物を先に食べすぎて、後半、何もなくなり、空腹で死んでしまったんではないかとか、思うでしょ。

でもね、ちゃんと、サンドイッチが、冷蔵庫に残っていた。


部屋中ね、お母さんの服で埋め尽くされて、その中でうずくまって、死んでいたそうです。


きっと、寂しくて、恋しくて、タンスからお母さんの服、出したんでしょうね。


人はね、寂しさで死ぬんです。


わたしは、牧口さんのこの言葉を忘れない。

ときおり、このフレーズが心の中で響く。



注意深くあらねばならない。


死ぬほどの寂しさは、人知れず存在する。