S子はネガティブなのかポジティブなのかよくわからない人物である。
発言だけみればポジティブなんじゃないかと思える可能性すらある。
しかし、本人はどう見てもネガティブだ。偏見だと自分に言い聞かせてみてもやはり偏見だけではないネガティブさを持ち合わせているのである。
「他人なんて、嫌い」
そう言ったS子は、自分で言った言葉につくづくといった風体で落胆する。
「でもそう言ってる時点で私は他人を認識しているし、わたし、なんて言ってる時点で、他人を受け入れているんだわ。最低。」
なにが最低なのかよくわからなかった。
「最低って。」
S子の言葉を反芻して失笑すると、S子は俺に視線を向けることも無く付け足した。
「本当は他人なんて嫌い、じゃない、のに、嫌い、とか言ってる自分が、よ。」
わかってるんなら、嫌いじゃない、って言えばいいじゃないか、と言いそうになってやめた。
言えないから、言わないのだ。言ったら、そう、傷付かざるを得ないのだ、色々な場面で。
「いわゆるツンデレ、ってやつ?」
面白おかしく煙に巻こうとした俺の努力を、空気が読めないやつの行動に貶めるかのように、一層機嫌を悪くして睨み付けるという行動で酌んでくれたS子に苦笑する。
そう、ここは、そうして欲しかったんだ。
だから、きっとS子はそうしたのだ。
俺がもっと軽いノリを望んでいれば、きっとS子はそうしただろう。例えば「別にっ、さっきのはちょっと世間体を気にして言ってみただけで、本当の本当は他人なんか全然好きじゃないんだから。」というようにである。だが、俺はS子にそんなセリフを吐いて欲しいなどとは本当に思えなかったのだ。
「S子ってさ、ホント、ガード堅いよ。」
「煩い。」
俺は笑った。S子は図星だったことを否定しないのだ。
ガードが堅い、というのは、別に男に対して、という意味で言ったわけではない。確かにS子はカレシいない暦実年齢で、性行為に及んだこともないらしい。しかし、別に俺もそれが良い悪いという認識はない。ただ、S子には、必要なかったと、そういうことらしかったからだ。
必要じゃなければ必要としないなんて、と考えたことはある。
そして、必要じゃなければ寄せ付けさえもしないことに気づいたのである。
寄せ付けずに、敵視さえすることにも、気づいてしまった。
だから、S子は多くのものに堅いガードを作ってしまうのだ。
俺は、ガードの中にいる。
自惚れのようだが、それはわかる。
なぜなら、S子がそう対応するからだ。
別に俺たちは恋人同士でもなんでもないし、特別何か弱みを握っているわけでもない。
ただ、時間が、許したのだ。
長い時間をかけて、S子の、俺に対する検問が、終わったのだ。
そんなこと、知り合う全員にしていたら、長い人生においてもS子が心許せる相手は両手で数えられてしまいそうだ。
こんなに情報の保護が叫ばれても流出が後を絶たない現代なのだから、
S子の情報もいつの間にか大勢に流出してしまえばいいのに。
本当は、
優しくて、世話焼きで、おしゃべりで、傷付きやすくて弱虫で、寂しがり屋なんだということが
皆にバレてしまえばいいのに。
流行にのっとって、内部告発でもしてしまおうか。