チリン―。
鈴の音が聴こえる。残暑の中、涼しげな研ぎ澄まされた音。僕は、懐かしさを感じながらもゆっくりと目を覚ました。
『題』
目を開けると一面に空が広がっていた。自分の部屋で寝ていたはずなのに何故外に寝転んでいるのか、と自問自答する。それにしても雲一つない青空。綺麗な空だ。
昨年の春から上京し、名門大学に通うことになった僕は一人でアパートを借りて大学生ライフを満喫していた。大学で知り合った友人と飲み会やら合コンやらで慌ただしく、結局深夜を回ってから帰宅するのが日常茶飯事だ。昨日もそうだったに違いない。その酔いのせいで僕が今ここに居るのなら、今後の酒との付き合い方を考えねばなるまいと自分に呆れる。自嘲しながら上体を起こすと、見たことある景色が広がっていた。
「…森塚公園。」
小学生の頃の僕たちは、授業が終わって帰宅するや否や、一目散に秘密基地に集合した。学校の裏山の中にあるこの森塚公園が僕らの遊び場だった。森の中にあり、人もほとんど来ないから僕らの間では秘密基地と呼ばれていた。森の中だから虫がうじゃうじゃいるし、イノシシやイタチだって稀に見る。でも僕らは不思議とこの空間が落ち着いたのだ。
「帰るか。」
渋谷で飲んでいたはずがどうしてこうやって地元に戻ってきたのか謎だが、自分の情けなさ故だと思って諦めた。考えても忘れてしまったことは思い出せない。幸いなことに、財布も現金もあったので実家に帰らなくて済みそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どうなってるんだ?」
10年以上経った今では、昔よく遊んだこの森を抜けることが難しくなっていた。完全に迷子だ。公園に辿り着いた昨日の僕を褒めてやりたい気分だった。
「ニャア。」
短い声が僕を呼んでいた。真っ白なネコで、どこかの飼い猫なんじゃないかと思うぐらい綺麗だった。僕が近づくとスッと距離を保つ。僕を呼んでおいてこの仕打ちである。女の子にもネコにもモテない自分が嫌になった。すると、この白猫は「私に任せなさい」とでも言うように歩き出した。スタスタと歩く白猫の後ろをゆっくり付いていく。
「シロや~!シロ~~~!」
遠くから少年が叫んでいる。小学校中学年ぐらいだろうか。虫籠を首からぶら下げて、身長よりもデカい網を携えている。おそらくこの白猫の名前を呼んでいるであろう少年を無視してシロはマイペースで歩く。少年はたまらずこちらに駆け寄ってきてシロを抱きかかえる。元気にしとった?飯食ってるか?と何も答えないシロに次から次へと質問を投げかける少年はこっちを見るなりニコッと笑った。
「兄ちゃんこんにちは!」
「こんにちは。君はこんなところで何しとるん?」
「虫とり!夏終わる前にクワガタとるんよ!兄ちゃんもする?」
「…いや、遠慮しとく。」
「兄ちゃん名前は?」
「あぁ、岸田祐基。君は?」
「豊やで!祐基兄ちゃんは何しとったん?」
「…公園で寝てた。」
「大人でもそんなことするんかー!兄ちゃんおもろいのな!」
「全然面白くない…。」
ギャハハハハ、豊は笑う。何がそんなに面白いのか。それよりも豊に聞いておかなければならないことがあるはずだ。
「豊、森の抜け道知ってるか?迷ってるんだ。」
「知っとるも何も知らんかったら来れへんやん!」
また大笑いする。いい加減うざくなってきたが、道を教えてもらうには忍耐が大事だと自分に言い聞かせて耐えた。
「祐基兄ちゃん!一緒に帰ろか!」
そこでハッとする。一緒に森を抜けるということは森を抜けるまでこのテンションに耐えなければならないのか、と。それは勘弁してほしかった。
「いや、一人で下りれるから道を教えてくれないか?」
「そんなんゆうても、目印ないし説明できんやん」
「ゆ、豊ならできるから!」
「無理無理。右左右右まっすぐ左それからまた左行って…えーっと…右!」
「…。」
なんだそのコマンド入力は。
「わからんやろ?俺もそろそろ帰らんな母ちゃんに怒られるからどうせ帰るねん!」
「ちょっと待って…今何時…?」
携帯を確かめる。
「さっきおやつ食べて出てきたから5時ぐらいちゃうー?」
携帯画面には17時10分の文字。やってしまった。普通に目が覚めたからまだ午前なんだと勘違いしていた。夏は日が長い。夕方の5時でも十分明るかった。
「もーはよ帰るで!」
呆然としていた僕にそう告げると、豊はどんどんと道を下っていく。
いつの間にか、シロは居なくなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
力尽きたのでここまで。
また続き書き次第UPします。
2014.08.12
