For My Life ≒ For Your Life
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何故変われないのか。

考えて考えて考え抜いて、結局何も変わらず。

きっと考えた“つもり”になってるだけだ。

それはつまり、無意識で変わる事を恐れているのだろうか。

戸惑い続ける日々。

そんな自分が本当に残念でならない。
頭を擡げて、そのままかがみ込んでしまった。

行き場のない感情は、音もなく、ただ言葉に詰まっている。

いつもそう。
求めてばかりの生き方は、不安や恐れを見出して、いつしか臆病になり、終を迎えるその時をじっと待っているようだ。

このままでいいのだろうか。

結局他人を傷付けてばかりの人生を、なぜ変えられないんだろう。

強さが欲しい。
心の強さが。

赦されるために、誰かを許す。
誰かを赦すために、強くあれ。
行き場の無い感情。

この思いを抱えたまま、次に進めるのだろうか。

覚悟をするには、余りに自分は無力だ。

乗り越えられるのだろうか。

こんなにも真実が怖いだなんて。

どうすることも出来ない悔しさに悲しみを覚えたところで、強くはなれない。

心に浮かぶ苦しみが、いずれは消えることを信じて、今はただ耐えるしかないのだろう。

現実と向き合うには余りに弱すぎる己。
葛藤に苛まれながら、吐き気を催す日々。
もう十分だと思いつつも。

それでも考え倦んで、己を見失う。

もはや、見失うべき己すらも在ったのだろうか。

意味を求める事が、そのまま見返りを求める事なんだろう。

重ねた時の中で手にした誇りは、取るに足らない驕りでしかない。

自責の念が齎す、酷く弱く映し出された姿に、掛ける言葉もない。

結局導かれた先にあるのは、

無力な己。
後悔先に立たず。

人間関係において、本来学習しているべき心構えを今になって知る。

それは、己の軽薄さが齎す自尊心の欠如が大きな壁なのだろう。

減点主義の価値観の弊害か。

きっと、向こうは気にしていないだろう。あくまでも、己の悔いに他ならない。

打開する術は、誇れる己を築き上げる事。

誰も救ってはくれない。

報われる為に、己を懸ける。