今朝、無性に最初の彼を思い出した。
相当前のことで、相当未熟な生き様を振り返った。

そしておもったことは、その後の人生も全てファンタジーだったということ。

おの日あの時、自分が孤独で、バスの中から彼の姿を見ていなければ、今頃どうなっていただろうか。

自分だけファンタジーに浸っていて、彼は現実を生きていて。あっけなく終焉を招いていた。

見捨てられる恐れが強すぎて、彼の好意を信じ受け入れることができなかった。


不治の病を抱えて、彼は病んだ私が重かったのだろう。

その後、奇跡的な再会があったけれどなにもなく年月が過ぎ、4年前に彼が他界したことを奇跡的に知った。

きっと、誰の邪魔もせず、誰にも邪魔されることなく、好きなことだけして、現実感の中で生きぬいたのだろう。

今朝彼を無性に思い出したのは何故だろう。漫然と生きる私に息を吹き込んでくれたの?

姿は見えないけど、そばに来てくれてありがとう。今の生業はあなたの存在があって掴んだものなんだって、あなたの存在が宝物なんだとわかったよ。



この10月はストレス過多で、古い自分にこもる傾向にあったことがわかった。
あの店で振り返った。それと共に、来月のスピーカーに向けての課題に導かれた。今の自分を苦しめていること自体がテーマになると。

耐えた甲斐があった。
今日は、ドキマギすることが3つくらいあって。

どれも自分の良心が試されるかのようで。

一つは、自分が信じて実践している生き方を否定的に区別され、忠告した。一つは人のピンチに安堵感を感じてしまった。そしてダメ押しに距離をおきたい人との間を第3者に取りもたれそうになり、混乱してしまった。
どれも醜いけど、私なのだ。