江戸時代、この国が本来あった姿を探究しようとした人たちが次々に現れました。その探究の営みを国学といい、国学をまなぶ者を国学者と言います。

 幕末、人々に最も大きい影響力を与えたのは平田篤胤でしょう。門下生が非常に多く、一説には五百人、死後に弟子入りを誓った者も含めると四千人以上とも言います。
 平田派の国学をまなぶ者には、子供もいました。
 今日から二回に分けて、そうした子供たちが入門してまもなくの頃、どのようなことを教えられたのか、『童蒙入学門』よりご紹介したいと思います。

 こんにちの事情にそぐわないところもあるものの、今の時代にも通じるところが多々あります(現代語訳の文責は私にあります)。



第一 敬神の章


 すべての人は神様を尊び、敬うべきです。それはなぜでしょうか。はるかな昔よりあるのは神様だけだからです。神様がいてこそ全ての物があるのです。太陽や月、星、国土、人類など全ての物は、みな神様より生れたのです。だから毎朝拝んで、その恩に感謝しましょう。


第二 国体の章


 この国は神様のおうちで、初めに現れたところでもあります。国土、大地が初めてできたところです。ですから、すべてこの世界を動かす決まりの根本
なのです。天皇は遠い昔から変ることなく、つぎつぎと位につかれて今に至ります。臣下である我々の祖先も、ずっとお仕えしてきたのです。そうして、人として当然行わなければならないことも守られ、平和が保たれるのです。


第三 祭祖の章
 
 祖先のみたまを敬いましょう。春秋には怠けることなく、しっかりお祭りしましょう。毎朝拝むことは、言うまでもありません。神様の後に、ご先祖を拝みましょう。また、両親に育てていただいた恩は決して忘れてはいけません。けがれに触れたときでも、お参りを欠かしてはいけません。


第四 浄潔の章


 毎朝、起きたら顔を洗い口をすすぎましょう(まず楊枝で口の中を掃除し、たすきで両袖をくくって顔や手、ひじまで、細かいところまで洗います)。それから髪を整えて、両親など目上の人にごあいさつします。さらに、部屋や庭を掃除し、神様にお供えを差し上げ、お参りします。
 汚いのを嫌い、清潔を好み、身をきれいに保つのは神代からの習慣です。神様を拝むときにはこうして、つつしむ心を持たねばなりません。


第五 子弟の章


 主君に仕えるとき、お客さんに会っているとき、友達といるとき、そして一人でいるときにも、姿勢を正しくしていなければなりません。
 朝起きたら布団をたたみ、身づくろいを整えます。自分のことが終ったら、顔や口をきれいにする道具を持ちます。そうして、目上の人からのご用に備えます(○足の運びを美しくし、走ってはなりません。ただし、主君や先生が呼んでいるときは、そのご用をうかがうために急いで向かい、遅くなることがあってはいけません。○歩いている途中で目上の人に会ったら、急いで側まで行き礼をします。また、目上の人の近くにいるとき、姿勢を正し、言葉を正しくして、何か聞かれることがあったら、すぐさま誠実にお答えします。余計なことを言ってはいけません。○危険な場所に行ってはいけません。争いごとをしている家に近づいてはなりません。無意味なことはしないように。○身を整え、姿勢を正しくしていれば、人に尊ばれます。もしだらしない格好でいたなら、人に軽蔑されることでしょう)。
  外に出かけたり帰ってきたりしたときには、必ず神様とご先祖様のみたまを拝み、主君や両親など目上の人に報告します。もし遠くに行くことがあるなら、さらに鎮守の神様にもお参りし、お守りいただくようお願いなさい。
 私はいつでも、弟子が身をつつしみつつ学問に励み、弟子同士が仲良くしているのを見たいと思う。それで以前より、宮中の神のお力が得られるようお祈りしている。これは弟子にも真似してほしい。穏やかな性格、譲りあう心もまた、見ると嬉しいものである。

 他人のよからぬことは、召使のまちがいに至るまで、自分の胸におさめておきなさい。まして大きな声をあげ、とがめてはいけません。まちがいを犯した人の話をよく聞き、その過ちを改め、取り除かせるようにすべきです。もし自分が何か過ちを犯してしまったなら、目に見えるものは洗い、直し、弁償しなさい。目に見えないものなら、神様に向かい、または人に向かって、謝りなさい。これは神代からの決まりです。


 寝る時間になったら、この世にあって日々の生活を安らかに送ることができているのを、神様や祖先のみたまに感謝するお祈りをしなさい。さらに、目上の人や先生が寝るのを見届け、あちこちを点検し(特に火の元や鍵をよく点検し、いざというときの備えをし、それから寝巻に着替えなさい。これは皺が寄ったり汚れたりするのを防ぐためです)、それから布団をしいて、横になります(寝巻で首をおおってはいけません。手足を投げ出してはいけません。寝ようとするときには身も心も落ち着かせ、余計なことを考えず、健康のための術を行いなさい。もし眠くならないなら、昼間勉強したことを暗誦したり、復習するのもよいでしょう。以前すぐれて体のじょうぶな弟子がおり、夜もほとんど寝ず、昼間と全く変りませんでした。ただしこれは、あくまでも理想です)。



●原文
※割注は【 】内。すべて新漢字を使用しました。また、訓点がありますがここでは省略しました。
 
敬神章第一

凡生於世者。恒当尊敬神。其故何也。太古所在者唯神。有神而有物。則是日月。星辰。国土。人類。万物。悉無非神之所生。是故須毎旦拝礼。而思酬其恩頼也。
  

国体章第二

夫皇国者。神真之本域大易之所初出。国土之所始立。固大地之元首而。為万法之所根拠也。皇孫嗣世終古不易。万世如一世。君臣之大義備也。而。人倫之道立。人倫之道立而。天下安矣。


祭祖章第三

凡祖先之霊神。善可敬事之。春秋祭祀不可怠也。是固毎旦必可拝。神拝之後継之。況於考妣乎。養育之恩恒不可忘。縦雖有触汚穢。其拝礼祭祀不可闕也。


浄潔章第四

夫毎朝起者以盥漱【以楊枝。去尽口内之宿臭。次以巾帨。遮護衣領及両袖。面上手肱。宜子細洗也】。修鬂髪而問父母長上之安否。灑掃室堂及庭内。畢而備神供。然後神拝於此可為也。
凡厭垢穢。欣浄潔。端身厳荘者。神代之遺風也。到今雖有存。当拝神璽。則殊須加謹慎也。


子弟章第五

凡事君長。接賓客。対朋友。及独居連進。当厳粛整斉。
凡子弟夙興斂寝具。整身体。自己之事畢。而後盥漱之具。可以備長上之使用也【○凡行歩端正而。不可疾走。君長師父有召。走前而可弁其使用。不可緩怠也。○凡行路遇長者者。疾趨礼。○凡侍長者之側。必斂身正言。有所問。則必誠実対。言不可妄。○凡危険之地。不可臨。喧争之家不可近。無益之事不可為。○夫容儀端正者。人之所貴也。若寛慢放肆。則為人所軽賤矣】
凡出入者。必告神祇及祖先之霊。与君長父母。若し有遠行者。則殊可仰産土神之霊徳也。
凡子弟謹節之様。和睦之色。恒欲看之。故余嘗祈宮風神之令徳。汝等従之歟。温良恭倹讓之風。亦可楽之也。
凡人之不善。下至婢僕違過。宜且包蔵也。不応便爾声言。当相告語。使其知改過祓除也。若己有之者。其所見者。乃洗乃補乃購。其不所見者。向神或対人。依其事宜。当謝除。是神世之遺範也。
凡寝時到。則謝告居世而日夜安寝食於神祇及祖先之霊前。顧長上師父寝。而点検諸般【殊用意於火盗。兼為不虞之備。事畢而。更日中衣。是乃為不敞皺陋汚也】。而後舒敷具。可著枕可【勿以寝衣覆首。勿散放於手足。将眠之間。安神定氣。而棄他妄思。当修摂生之術。若眠不到。暗復照鑑日中之事。亦可也。儻有剛強弟子。不用寝。夜以継日者。是最善矣】。