高天原(たかまのはら)に神留坐(かむづまりま)す。
神魯岐神魯美(かむろぎかむろみ)の命(みこと)以(もち)て。
皇御祖(すめみおや)。神(かむ)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)。
筑紫(つくしの)日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(をど)の阿波岐原(あはぎはら)に。
御禊(みそぎ)祓(はら)ひ給(たま)ふ時(とき)に生坐(あれませ)る祓戸(はらひど)の大神等(おほかみたち)。
諸(もろもろ)の枉事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を祓賜(はらひたま)へ清(きよ)め賜(はらひたま)へと申(まを)す事(こと)の由(よし)を。
天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)。八百万(やほよろづ)の神等共(かみたちとも)に。
天(あめ)の斑駒(ふちこま)の耳振立(みみふりたて)て。
聞食(きこしめ)せと。恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(まを)す。


高天原


『古史伝』『霊能御柱』で詳述した。


神留坐す


神は神集(かむつどへ)、神議(かむはかり)などと同様、敬語であるからカミと読んではいけない。留(つまり)は字のようにトドマリで、ツマリは古語である。詳しくは本居宣長の『大祓詞後釈』に書かれている。ここでは皇御孫命(すめみまのみこと・直接にはニニギノ命をさす)が高天原を離れ、この国に下られたのに対し、下られなかった神をツマリマスと申し上げたのである。


神魯岐神魯美


『古史伝』に詳述したように、皇産霊神(みむすびのかみ)と天照大御神(あまてらすおほみかみ)のことをこのように申し上げることもあるが、ここでは高皇産霊(たかみむすび)、神皇産霊神(かみむすびのかみ)のことである。


命以て


御言以て、という意味。ここまでの文は天津神の口ずからのお言葉ではなく、皇御孫命が天下りなさってのち、これを唱えるときに添えて申し上げた文であるのははっきりしている。


この文には三つの意味がある。まず「伊邪那岐命」に注目すると「神魯岐神魯美命」のお言葉をもって委ねなさったのを受けて、よろずのことを始めなさった「伊邪那岐命」のことがうかがえよう。


つぎに「祓賜へ清め賜へ」に注目すると、「道饗祭祝詞」に「高天原に事始めて……八衢比古・八衢比売・久那斗と御名は申して辞竟へ奉る……夜の守・日の守に守り奉り斎ひ奉れ」とあって、塞神(さへのかみ)に仰せなさったように、祓戸神たちに祓え清めなさるよう、神魯岐神魯美命が仰せになった、という意味がうかがえる(「大祓詞」参照)。


最後に、「聞食せ」に注目すると、高天原に留まっていらっしゃる神魯岐・神魯美命が言葉でもって委ねられた天津祝詞のままに、ここで奏上すること、そしてそれを祓戸神たち、天津神、国津神、八百万神たちに対し、みなご一緒にお聞き届け下さい、という意味がある。


そこで「皇御祖」から「聞食せ」までは「天津祝詞」であり、前後の部分はこれを申し上げる人の言葉であると考えられる。よくよく熟読して、察せられたい。