最初は事故物件の相談であった。
入居したコテージの何もいないはずの床下から“動物の唸り声”がするという相談を受けた私は大学のオカルトサークルの部員たちとともに現地調査に赴いた。
私たちは件の相談者Aの許可を得て、“反閇を踏む”“祓詞の詠唱”“真言の詠唱”を済ませたが、事態の改善がみられなかったので、私は民俗学を専攻する友人Bへ相談を持ち掛けることにした。
友人Bは私へコテージがどのような場所に建っているか?や、近隣の地形や地図を頼りに、一つの呪術的遺物を提示した。
Bはコテージの近辺、あるいは直下に“犬神”が埋没しているのではないか?という。
理由として、“祓いによる改善がなかったこと” “コテージがかつての辻路の上に立っていること”から、霊ではなく、呪術の不完全事象が要因になっているのではないか?という見立てをした。
〈犬神とは〉
富や繁栄をもたらす呪術であるが、呪物の製造過程が非常に非倫理的なものである。
私たちはAの許可を得て、コテージの床下を調査したところ、犬ではなく、ヒトの頭骨と木板を貫いた青銅の小刀が納められた匣を発見した。
私はこれをBへ提出し、意見を求めた。
〈Bの見解〉
“木板を貫いた青銅の小刀”と犬の性質を持つ呪術の特徴から、Bは東欧スラブ系魔術と日本の呪術体系が混合した遺物ではないか?と考えた。
東欧スラブでは、ヒトをオオカミへ変身させる魔術が存在し、これは4世紀ごろに確立したと言われ、6~8世紀ごろには、モンゴルから朝鮮半島を経由して日本に伝搬したといわれている。
〈スラブ人の人狼信仰について〉
ただし、呪術の製造過程に奇妙な箇所が散見される。
本来、犬の首で完結するはずの呪術を何故ヒトで代替したのか?
何故、辻路から頭部を回収せずに放置したのか?
ヒトを犬(オオカミ)へ変身させてから、それを犬神へ転用した経緯が謎である。
後日、心理学を専攻しているBの友人Cから、これまでとは違ったアプローチの見解を聞くことができた。
〈Cの見解〉
Cは魔術や儀式(オカルト)を精神治療や洗脳・催眠療法の前身ととらえ、“オオカミ変身”の魔術は変身後に逆の行為をすることで、ヒトへ戻るという特徴から、リカントロピーの治療に使用したのではないか?との推論を立てた。
〈リカントロピーとは〉
自己イメージの誤認・自己認識の錯覚による誤認症状である。
〈後日談〉
混合呪物の正体と経緯は依然として不明であったが、当初の相談内容である異音は呪物の発見とともに終息したようである。
私たちのサークルでは、床下から発見された頭骨を、炭素年代測定にかけ、いつ頃の遺体であるかを特定する予定である。
呪物としては未完成のまま放置され、遺体としては呪術転用されていたので、呪物にも霊体にも神にも魔物にも成ることがなかった怪異未満の物体は文化人類学考証において、重要な資料となるだろう。



