僕が陸上競技と出会ったのは、1歳10ヶ月の頃の話です。
なぜ出会ったかと申しますと、父親が指導者をしており、また、選手でもあったことから1歳から競技場に連れて行かれてたから、もの心がついた時には、陸上競技と密接な関係でした。
しかしながらそんな僕は、運動神経が悪く、保育園時代の先生には、「クラスで一番運動神経がなくて、スポーツなんかできるよか」とまで言われたぐらいです。
たしかにそれは、当たっていました。
小学校入学後は、あまりの遅さに女子からからかわれるぐらいでした。
本格的に競技を始めたのは、小学4年生の時です。
初めの種目は、走り幅跳びでした。
そこそこ、走り幅跳びに関しては、センスがあり、そこそこの結果を残していました。
しかし脚は、遅かった、、、
転機となったのは、小学4年の12月16日です。
鮮明に覚えています。
何が起こったかと言えば、指導者だった父親が亡くなりました。
自殺でした。
自分の部屋のクローゼットに首を吊って亡くなっていました。
最後に父親と会話したのが僕でした。
「真悟、先にお父ちゃん寝るからな」
「うん、わかった」
これが最後の会話でした。
そして、最初に発見したのも、僕でした。
その日は、母親、残りの兄弟が皆朝から出かけており、その日家には、父親と僕だけでした。
前の晩夜更かしした僕は、昼前に目が覚めました。
お昼になっても親父が起きてこないので、見に行ったらその状態でした。
もう、悔やんでも悔やみきれませんでした。
いまでも悔やんでいます。
その後半年間陸上競技から離れていました。
そこで離れたのがよかったのかもしれません。
復帰後は、学校トップになり、市内でトップクラスになり、府大会まで行けるように、走りが生まれ変わっていました。
そして、小学6年生の時の卒業文集には、
「オリンピックに出る」と書きました
これが小学生までの話です。
次回は、中学時代について話します。
