児童養護施設のみならず児童福祉施設に勤務している職員は様々な研修、事例発表会など社会福祉法人ごと、また所属している団体ごとに日々研鑽に励んでいるわけです。

 

被虐待児から非行児童、知的障害児、各々専門は異なるわけですが、現場での経験を共有し、より家庭的な環境下において健全に育って行って欲しい、そんな願いもあり詭弁ではなく、そこは本音でぶつかり合う、という非常に充実した時間です。

 

団体全体の研修に行くまでには、各々の施設、居室で、1人に対し数時間以上、喧々諤々の議論がぶつかり合う、はっきり言ってその点が綺麗事だけ口にして時間が過ぎるのを待つだけ、こうはいかないという特殊な業種な訳なんです。

 

トップダウンという訳には全くいかない会議、今の小学生とご年配の職員の小学生では全く価値感が全く異なる訳で、役職者がいくら熱弁をふるっても

「それ昭和ですから」

で終わり、何の参考にもならない、そんなことは日常茶飯事。

 

 

ただ、完全に理解できない事例というのも僕にもあります。

これは何回聴いても、何十回聴いても僕には理解できない。


むしろその瞬間は自分の血が逆流する恐怖すら覚えるときもある。

 

児童自立支援施設、これは少年院の一歩手前の施設な訳で、各都道府県に設置されている公的機関なのでここでは除きます。

 

NPO法人であれ、社会福祉法人であれ、施設入所してくる子ども達は様々な背景を抱えている、これはこれで理解できます。

それ故にメンタル的に不安定になると職員への暴言暴力、頓服薬でもその爆発的な衝動が止まらない、こういう時もあります。

 

 僕は、就業時間中は基本的にメガネではなく、コンタクトをしています。

これはもう喧嘩慣れしている男の子ともなるとメガネのフレームめがけて拳を振り下ろしてくる。

 

両横どちらかのフレームにヒットしたらその場でメガネは壊れる、僕の場合は裸眼だと両目とも0.1もないので全く見えない。

落ち着かせて「話聞かせてくれや!」それ以前に子ども達の表情が見えないので、本音が見抜けない、何回もそんな経験をしたからこそ勤務中はコンタクトしか選択肢はないんです。

 

毎年毎年、現場に入り、大学などの実習とは全く異なるこうした現実、施設での実習でも教育実習でもあんな単位は最低限の最低限のレベル、まあとりあえずやってみました、そんなレベルです。

 

こんな事は、運転免許持っていれば解るでしょ?運転免許取得したらもういきなり公道を自信満々に走れました?

あっ、ここだ、瞬間的に判断でき縦列駐車できました?

そんなドライバーはいない訳です、そりゃ白バイ隊員もいらない、交通機動隊もいらない、完璧だったら運転免許の更新すら必要ない、それと同じ。

 

もう手に負えないレベルだな、やはりこうなると、精神病棟で落ち着いてもらうしか無い、こういう事も多々あります。


数週間、ゆっくりしてもらおう、こういう時も多々あります。

 

問題はその後なんです、必ず、出てくる周囲との温度差。

この急変した子ども達を初めて目の当たりにしてほとんどの職員は恐怖心を抱くという。

 

暴れている姿を目の当たりにしている瞬間ではないんです。

その時は

「なにしてんだよ?」

これは僕は、呆れかな、それは感じます、その後です、その後。

 

 

歌舞伎町でオーバードーズして救急入院という事もある。

そうした経験からしても歌舞伎町のど真ん中にある都立大久保病院って多くの子ども達の命を救ってくれているんですよね。

 

 

退院の日になりました!!

施設に戻ってこれます!!

学校にもまた通えます!!

 

バンザーイ!!

 

じゃないみたい・・・・・。

 

「正直、どういう風に喜んであげればいいのかわからない」

 

居室移動もした、入院中に何が気に障ったのかも主治医が聞き出してくれた。

ただ、こうした”事例発表”の後、意見発表の後、8割方の職員は頷いています。

 

この頷いている光景を見て、僕は

「本気で血が逆流してるんではないのか?」

位の怒りからくる恐怖心、を感じてしまっています。

 

「自分で自分を抑えきれない瞬間かもしれない」

そういう恐怖心を聴きなれていない時は感じていました。

 

施設に戻ってこられたときに恐怖心を抱いてしまう、という事らしいんです。


僕にはない感覚なので心の底からは今でも全く理解できていません。

 

これは、認めたくないだろうけど、本音は簡単。

 

〇他の施設に移動してほしい

〇死んで欲しかった

 

このどちらかです、綺麗事いらない、本気で書いている記事なので。

 

 

ものすごく甘ったれていると思う。

「福祉」

という言葉がそうした一面が待ったくない、と考えているのでしょう。

 

ゆったりまったりした業界と考えているのでしょう。

 

学校じゃないんですよ、校内暴力とか、いじめとか、体罰とか、完全に許してはならないもの、という場ではないんですよ。

学校の教職員はそれですら言葉だけで休職に追い込まれてしまうんです。

 

 

入所している子ども達にとっては家なんです、家の中でそんな法律あるわけない。

 

家で兄弟喧嘩したことないの?

家で親御さんに怒られたことないの?

それで社会人になったの?

 

可哀想・・・、というか、それ、社会人にまだならない方がいいよ。

 

30歳の会社員が

「課長、遅刻してすいません、中学生にカツアゲされまして」

通らないから。

 

 バカなんじゃないかな?

としかいいようがないです。


今の境遇はどうであれ、目の前の子ども達を産んでくれた親御さんの立場になってごらん。


親御さんにその本音言ってごらん、言えるなら僕が謝罪します。

 

クソ生意気なガキンチョでも、命助かった訳でしょ?

泣くほど嬉しくないのかね?


この感覚が、今でも全く理解できません。


そして、子どもの退院日

「お帰り~、心配したんだよ~。」

平然と嘘つきまくる職員に僕は恐怖心を抱く。

こいつ、ヤバイな、それ以上でもそれ以下でもないです。 


はっきり言って、元暴力団員やら族の総長でした、こういう方々よりたちが悪い。


もう2月、児童福祉業界から内定を頂いている学生もいるでしょう。


10年後、20年後の日本、そうしたまだ良識的は判断がつかない子ども達に平然と嘘をつき通す。


その行動が本当に「愛情」なのか「優しさ」なのか、それすら判断できない。


自分よければそれで良し、福祉の世界では様々な補助金が出ます。

もう、詐欺、としか言えない団体も数多く存在します。


自分でその種を撒いて

「我々の生活が・・・」

ちょっと、ちゃんちゃらおかしいとしか言い様がないんだよな。


福祉学部ですか

「3分間抵抗せずにどつかれまくる」

こういう単位入れた方がいい。


ヘッドギアつけてれば別に死なないから。


そうした痛みを自分で味わえば、体の痛みより、平然と裏切られる痛みの方がどれだけ辛いか理解できる筈なんだよな。


年度末が近くなるにつれ、本当に

「こうやって人間を育てていく事が引き継がれていって大丈夫なのか?」

僕は、もう、この令和の時代のうちに大人達があちらこちらで警鐘をならさないと手遅れになる、確実になる、そう思わずにはいられないな。


はっきり言って、子ども達に、表面だけの愛情だの優しさだの、そんなものは1円の価値もない、そう思わずにはいられない。


ちょっと、若い世代には厳し過ぎる記事になってしまった、のは自覚しています。

でも、それが現状なんだよな。



いつも読んで下さりありがとうございますね。