皆様、ごぶさたしております。shingo-meteoでございます。



何より、まずは近況報告をしなくては。。。



実はわたくし、この4月から関西の古都(鳴くよウグイス?)にある某国立大の大学院生となりまして、政治学を専攻しております。



お付き合いの長い読者さんたちはすぐお分かりになることと思いますが、私が新聞記者を辞めてまで挑んだ「夢」、そしてブログを初めて以来「試験」と言ってきたものは、つまりこの大学院の入学試験(院試)のことでありまして、なぜそれを隠していたかといいますと、この年齢で公共政策大学院や会計大学院などの専門職大学院ではない、政治学の研究を目的とする大学院に、その大学の出身でもない私が、社会人入試ではなく現役大学生と同じ一般入試で挑むというのは、はっきりいって無謀に近い、かなり確率の低い賭けでありまして、圧倒的な能力があるならばともかく、奥ゆかしい(!?)私としましては、とても受かりそうもないのにそんな話を書くのはいくら匿名のブログでも憚られた、というのがその理由であります。



大学院に進んで研究者になるというのは、それこそ私が高校生の時からの夢でありました。しかし大学を卒業するときに家の事情から就職を選ばざるを得ず、悶々として福岡で3年目の記者生活を送るなか、「一度きりの人生、悔いを残すのはよくない!」と、安定した収入を捨て、人生最大の賭けに出たのが一昨年の春。しかし、その夏と冬と東京で院試に挑んで失敗し、両親にも「これが最後」と宣言して地方にうってでたのが、昨夏ブログにも「旅路にて」として書いた北海道から名古屋、そして関西の古都という一連の「旅行」であります。そして思いがけず合格通知が届いたのが10月半ばでした。



正直なところ、あまりの困難さに昨夏の時点ではすでに9割5分方まであきらめており、再び就職することを考えていました。もし、どこにも受からなかったとしても、夢に挑んだことに悔いはなかったのです。それがどういうわけか、今の大学院に拾っていただけたわけですが、はっきりいって筆記試験ができた覚えもありませんし、実力だなどとはこれっぽっちも思っていません。他では貶され続けた研究テーマを「面白い」と言ってくださる教授と巡りあったことも含めて「運」があったに他ならないと思います。実際、合格通知を見て最初に頭に浮かんだのは、ずっと教育面で私を叱咤激励し続けてくれた亡き祖父母たちが後押ししてくれたのではないかということでした。



1年半に及んだ浪人生活で、特に考えたのは「成功」って何だろう?ということでした。最近、書店に並ぶ「成功者」たちの手による「成功指南本」の多さを見るにつけ、いたずらに「成功」を求める風潮が強まっていることを感じますが、その「結果志向」の見方でいうなれば、世の中は「成功」とは比べ物にならないほど多くの「失敗」であふれていることになります。振り返るに私自身、大学受験も、就職も、今回の院試も、思えば「成功率」はすべて1割台前半。いうなればこれまでの人生、圧倒的な「失敗者」であります。



しかし「成功者」だの「失敗者」だのということは自分で言うことじゃありませんし、ましてや他人を指して言うことじゃありません。敬愛するさだまさしさんの詩を借りれば、自分の人生の中では誰もがみな主人公。「成功」するかどうかなんてのは、偶然の作用する「結果」にしか過ぎません。それに翻弄されるよりも、その都度、自分の悔いのないほう悔いのないほうへ進んでいくということ、一つひとつ納得して生きていくということの方が、一人ひとりの人生にとってはよっぽど大事なことなのではないでしょうか?



ということで、前にも書きましたように、父が昨年来かなり重い呼吸器疾患にかかっており、所沢を離れることには葛藤もあったのですが、結局、福岡以来2年ぶりの一人暮らしをしつつ、大学院生生活を送っております。とはいえ、自分の能力でこれから修士論文が書けるかというと、絶望的なほど自信がありません。しかしながら、それもまた「結果」にしかすぎないと思えば、とにかくこうして今、自分の夢を叶えるために勉強をする機会を得たということ、それ自体を感謝したいと思います。



ブログの方は大学院の課題もあってなかなか更新できませんでしたが、これから夏休みにも入りますので、少しずつやっていきたいと思います。



それでは、本日はごあいさつまで。。。