よく言ったもんだよ。
この言葉に計画の甘さを感じたり、「吉日」ってなんだ?と。
もちろん良かった事もあった。
そんな日々を積み重ねたり、歳をとったり。
警戒して後悔が怖いのと、歳をとって冒険出来なくなる事で「吉日」を吉日らしくしたくなる。
「自分にとってラストだ!」なんて思い込んで、吉日の価値を上げたくなったり。
価値を上げるために慎重になり、頭でっかちに考え込んだり。
けど実際は「思い立ってなんかいない!」ってのが本当なんじゃないかなぁって。
そこまで衝動に忠実じゃないから、ここまで生きてこれたのかもしれない。
もしかして自分にとって心地よく自慢できる事にしたいから、使い回したい文句として運用してるのではないかと。
(まあ、ブログなんて書いて他人に読んでもらおうとしてる時点で「衝動」とは無縁のような気もするし)
そう。
前から思ってたのよね。
踏ん切りがつかなかっただけ。
平坦な道なのに、僕は目を閉じてただけ。
目を閉じて「ここから先は崖かもしれない!」って思ってるだけ。
平坦な道だったのに、急に目を閉じて考え始めちゃっただけ。
平坦な道を歩き始めようとしてるのに、歩き始めるキッカケを「思い立ったが吉日」という理由を付けて、歩き始めようとしているだけ。
歩くのには体力を使う。
歩いていれば当然のように障害物や平坦な道ばかりではないはず。
ちょっと疲れて目を閉じただけなのに、歩き始める理由を探してただけ。
で。
目を開けたら、、、。
平坦な道が続いてた!!
「うわー!!平坦だ!!」
ただただ真っ平!!!!!
「う〜ん。つまんねぇ( ´∀`)」
真っ平だと、歩っていると遠くにゴールが見えると思う。
でも、ゴールって、、、。
ゴールしたら人生が終わるわけで、、、。
当然、ゴール見えたら虚しくなるわけで。
「う〜ん。しんどい。」
真っ平なとこでゴールが見える事が面白いと思わない。
という事で、せっかくなら面白い道を選ぼうかと。
これなら必ず「吉日」になるもんね!
だって。
僕が面白い道を選んだから、必ず自己責任になる。
これなら、先に言った状況とは違う。
こじつけじゃないし、ちゃんと自慢出来る事だもん。
俺が面白いって思って歩くのだから。
今の僕が未来の僕に自慢できる!
「あの時の自分、グッジョブ!」って親指立ててる自分が想像出来る。
そういえばちょうどYouTubeで「名言集」がおすすめに現れたわけで。
「真っ暗だからさぁ、光がわかりやすいわけよ!」
とか、
「迷わず行けよ、行けばわかるさ!」
とか、
「周りを変えるよりも、自分が変わる方が、はるかに楽で確かです」
とか。
きっと未来の僕は「吉日」と変えます。
面白い方を選んだ自分を褒め称えます。
そして、自分に対して名言を言うんです。
「一度きりの人生なのだから、面白い道を選ぶべきです」って( ´∀`)
もちろん「歩き方」や「障害物への対応の仕方」など、そりゃあ平坦な道を歩んできたわけではありませんので問題無いでしょう。
ただちょっと休もうと思って目を閉じて考えてただけ。
今回は「休み方」と「目の開け方」を覚えれました。
僕は歩き出そうと思います。
それが僕の「思い立ったが吉日」なんじゃないかなぁって。
障害へ回り道するのではなく、障害を乗り越えて行くのが僕の人生なんじゃないかと。
きっといつか障害の向こう側が「ゴール」だったとしても、乗り越えた先のゴールなら、楽しくゴールしようと思います。
ってな事で、宇宙人妻がせっかく地球に来ているのですから、しっかりと「おもてなし」しなければと思います。
宇宙人妻へのおもてなしを思いだした事が、僕にとっての「吉日」となるでしょう。