地震でビビリになったワタシよ

4歳で震度6強の洗礼をうけました
東日本の時、ガルは9歳で一人でお留守番をしていた。

カルは8歳で震度6に遭遇。
首都圏の友達もイギリスの友達も、ネットやテレビで
八戸の中継ニュースを見て嘆いており、連絡をくれます

今、地元民は、この道路封鎖について皆、困っている。
この道路が1ヶ月も遮断されるのはマズイ。
そして、どこもかしこもスムーズに進まない。

市内でも古いNビルの2階のガラス落ちのブルーシート状態。
ナビの渋滞情報と通行止め通知が、非日常である
でも、もっと問題があって、田舎に住んでるのでプライドも何もないのだが、
全国ニュースになる「壊れたビル・建物」そればかりが映るので、
首都圏に住む友達が、職場や周りの人に
「八戸って凄いレトロだね」って言われてなんだか恥ずかしいとのこと。

テレビでは、壊れたこのビルやめっちゃ古い建物だけが
繰り返し放送されているのだから、猫村にもそうにしか見えない。
父との電話でそれを教えたら、
「あ!そのビルな、
オーナーが同級生だんで」
住んでる場所や小さい頃の思い出話をされて終わってしまった...

語り合いたい趣旨はそこではなかったのだけど。
古いビルだから壊れるのであって、その近くの場所には

こんなのもあって、
その向かいにはこれがあって、

もっとここら辺も映さないと、って話。
市民にここら辺でインタビューしたりしてよ!
猫村が大好きなところ↓

このからくり時計は無事でした!とかも放送してよ!

まぁ、それより、100年に1回の災害です!を何度聞いたことか。
もう350歳くらいかよって思う😅
猫村が産まれる7年前に建てた実家は、
完成した1週間後に十勝沖地震がきて、襖や障子がずれたが、
三陸はるか沖が来て元通りになり、父が大ウケだったのだが、

そしてその数年後、建て替えて今に至ります。
記事を書いている今、
震度4が来た!

ベルが一人で発狂していました。ガルは冷静でした。
若い頃の父は、災害があるとテンションが上がって出かけたがる馬鹿野郎で、
31年前の、はるか沖の時に、自宅がガチャガチャなのに
ここへ駆けつけ、家から行方不明になり、

おじいちゃんに怒られてたり、
水害があるとビデオカメラを持って私を誘い車で出動、
実況中継して録画させるという始末で、
家の前が水害で川になった際も、ウェーダーを着て

無駄に向こう岸と自宅側を往復するほか、
近所で事件があった際は率先してテレビニュースに出て
当時の状況を語るなど、ほんと恥ずかしい父親であったが、
今では、
「たいぎでよ」とのこと
これでも頭はかなりよろしい人なので、
本当に色々と紙一重だと感じている
がんばるわよ、ワタシ

さ、昼ごはん食べようかな。