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カメラはフィルム派な、わたし

うーん、なんでもないです。

どうも。

最近、私はとある施設の子どもたちの学習をサポート

(基本的にはやるのを見てるだけですが)しに行っています。


もちろん教員採用試験のためのアリバイ作りというのも無いわけではないですが、

純粋に彼らの役に立ちたいと思った気持が99%…いや90%くらいです。笑


ただ、彼らの学習する姿を1週間ほど見させてもらいましたが、

小学生だとこうも集中できないものかと、正直思いました。

まぁ4畳半程度の部屋に5人も同じテーブルでやっていたら、

そりゃ集中力が持たないのも最もなんですが。


2分やっては5分中断の繰り返し。笑

根気強く声をかけて、やらないとどうしても別のことや

周りの友達が気になってしまい、ちょっかいを出す。

出された子も集中が切れる、他へ・・・の繰り返し。


まぁ正職員の方の苦労ったらないでしょう。


それにしても彼らは元気です。


何らかの理由で両親と暮らせない子たちばかりなのですが、

恐らく経済的理由と虐待等の理由でしょう。


それなのに元気です。


本当に元気です。


よく笑います。


よく喧嘩します。


よく甘えます。



なんかね、こんなに可愛い子らがどうして両親と暮らせないのかと。

「先生(私のことです。まだ先生ではないですが汗)はお母さんいるの?」

と聞かれた時、一瞬どのように答えていいか、迷ってしまいました。

結局、嘘を言うわけにもいきませんので「いるよ。」とちゃんと答えましたが、

胸が苦しくなりました。




また、彼らの中には、見たところ学習の面でもかなり後れをとっている児童もいると思います。

今はまだ小学校なのでいいですが、恐らく中学へと進学していくと

大きな壁にぶつかることになるでしょう。

そして、高校へも果たして行けるかどうか、という子もいるでしょう。

中にはADHD、LDと思われる子もいると聞きました。


今現在の日本は、このように経済的にも、そしてそこから学習面においても

困難を抱えている子どもたちが、逆転ホームランを打つのが非常に難しい時代になっています。

いや、もしかするといわゆる「普通のヒット」を打つことも難しいかもしれません。



となると、彼らは何を生きる希望にしたらいいのでしょうか。

彼らに夢を抱いて生きていける社会を創ってあげることはできないのでしょうか。


話は大きくなってしまいましたが、身近な所にこのような子どもたちがいたこと、

そしてそのこと自体を気付かずに30年近く生きてきたこと。

恥ずかしいです。

教員もいいですが、このような子らの支えになれるような活動ができれば、

もっともっとしてみたいと心から思います。



子どもたちに希望と夢を。

そして、小さなときくらい、大人にバカにされるような

大きな夢を抱いて笑って育っていける

そんな社会を…。



そんなことを感じたここ一週間の私でした。