SHIN50 MARTINの芸能人をさん付けで呼ぼうの会
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やらない善は誰への助け船?

災害の募金に関していつものことながらその行為が「善」なのか「偽善」なのか語られるけど
一度は「受け取る側の人間」になった自分としては誤解を恐れず表現するならば
「どっちでも良い」って思う。


正直どっちでも良い。

その気持ちが偽善だとしても、実際にそのお金を受け取った時に思うことはただひとつ。
「ありがとう」

そこをパフォーマンスだと揶揄したり勘繰ったりはしなかった。

まぁこの話と今回の熊本の地震とは大きく違うのでそこは置いといて。


俺は多分ネットで言われているような「偽善者」なんだけど
そもそも募金やボランティアをする人間に対して「偽善者」って誰が言い出したんだろうね?

俺が想像するに聡明な人間で、その先のことを正確にシミュレーション出来ていて
気まぐれな募金によってどんな弊害が起こり得るのか。
正しく把握出来ている人間が最初に言い出したんだと思う。

テレビやネットでよく言われる「継続的な支援」をキチンと出来ている人間。

そういう方の発言ってやっぱり重みがあるしリアリティ人間溢れている。
凄く納得できる。

NBC作戦や東北ライブハウス大作戦といった先輩方の迅速かつ継続的な活動姿勢には本当に頭が上がらない。



でも最近すごく感じる。

「偽善者」って言う人間、あまりにも多くない?

特にネットではたくさん見かける。

発言してる人は本当に聡明な人ばかりなの?

全員が全員さっき言ったような行動してる人間なの?


だとしたら募金活動をやめさせようといった運動や
募金活動を行う団体はライセンスを取得しなければならないとか
そういった社会運動がもっともっと大きく起こってもっといいと思うんだけど。

「偽善者」って言葉を投げつける人間はネット以外ではほとんど見かけない。


こんなこと言っちゃなんだけど、ホントに何かやってる?

「偽善者」って批判は何もしない自分を正当化するための免罪符じゃないんだよ?

行動するのはダルい。
でも何も考えてない人間と思われたくない。
だから発言するけど行動しない自分を卑下されたくない。
だから人からの受け売り理論で武装してます。

って人間、批判者の中に絶対いるよね?

さっきも言ったけど、ホントに一度きりの募金が弊害で悪しかないのなら
もっともっと継続的に活動出来る見込み・または実績がある団体のみ募金活動を行えるライセンスを発行しようとか
そーいう活動がもっともっと世に知れ渡って加速してても良いはずだよね。

偽善者と投げつける批判者たちはどうしてもっと声を上げないんだ。


偽善者は街頭で募金。

批判者はネットの中。


批判者は一体どこにいるの?

家?ソファ?ベッドの中??
それとも現地??



もしも仮にそんなクズみたいな人間が批判者の中にいるのならば
「偽善者」である俺たちはそいつの言葉を何にも気にする必要ないんだよ。

そもそも「立ってる場所」が違うんだから。






長くなったけど、最後に。

一過性の支援。
継続的な支援。


もちろん後者の方が圧倒的な根気と体力を要するし
本当の意味での支援とはこーいうことなんだと思う。

それが出来ない自分は本当に「偽善者」だなーと痛感します。
忘れまいと思いながらもいつしか忘れてしまう、とても気持ちの弱い人間です。


でも、一度きりの募金でも意味がないとは思わない。

相手が犬や猫ならば「飼えないのならエサをあげるな」
って理屈は全くの正論だと思う。

でも人間は身体が無事ならいつか自分の足で歩いて仕事をして自分の力でご飯を食べられるようになる。

でも被災してすぐには自力では元の生活には戻れない。

そんな時に一枚毛布が足りなくて寒さを凌げず、一円お金が足りなくてご飯を食べられずにその先の人生が変わってしまうのならば
誰かの偽善で送った毛布でも、イタズラに入れた誰かの1円でも
困っている人の役には立ってるんじゃないかなーって。

自分勝手だけどそんな風に思いました。



失礼しました。

2年経ったのね

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日付け変わって今日はハイワットホール2周年ライブです。

気合い入ってますとかそんな感じじゃないけれど
ただただありがとうと言いたい。
色んな人にありがとうを言う1日です。


2014年3月8日、すべてはここから始まりました。
僕らの幼稚な妄想が形を成して、走り出せたことを嬉しく思います。

自分の力無さにやってらんねぇなんて思うこともたくさんあったけど
なんとか続けてこれたのは本当にみなさんのお陰です。

カッコ良くなくてもいいのよ別に。
ただ目の前にあるものに全力を注げば何かが見えると思って頑張って来ました。

明日からまた新たなスタートです。

アルビノよりも真っ白にまっさらに。
そして真っ直ぐに。

トビウオが舞うような華やかを。

裸電球のような温かさを。


それを1人でも多くの人に目撃していただきたいです!
よろしくお願いします!


明日はSHIN50 MARTIN BANDとして歌います。

是非聞いてください。
歌を、音を、リズムを、この声を。

バッチリ準備OK!

our beatのみなさんもよろしくお願いします!
見に来る方も出演者の皆さんもよろしくお願いします!



グラサンSHIN50 MARTINもぐもぐ


根室のアイドルちゃんワンマンライブ

今日は根室の第一次産業応援アイドル「N-ist」のワンマンライブを見て来ました。

2人体制になってから見るのは2回目。

ここで当たり障りなく「良かった」「頑張っていたね」
なんて書くことは簡単だけど、どうしても腑に落ちない。

最初に言っておくけど、こーいうことを書くときはいつだってフラットな気分ではないんだ。
一回深呼吸をするように覚悟を決めて書いているんだけど

内容はトムヤムクンのマジックが約20分少々に始まり
カバー2曲にオリジナル3曲。
トータルで約1時間のステージ。




これワンマンって呼ぶのかい?

という素朴な疑問。


その昔サティにあった遊戯王カード1枚とマイナーなトレーディングカードが数枚束になって出てくるあのガチャガチャ。
まさに「抱き合わせ商法」のソレじゃないか。

別に今日見たマジックがマイナーなトレーディングカードではないし
むしろマジックが遊戯王カードのソレかもしれない。

でも今日俺はアイドルのライブを見に行ったわけでマジックを見に行ったわけではない。

もちろんワンマンライブの定義なんてハッキリ決まっているわけじゃないし
アイドル界隈の常識は分からないけど
バンドマンである俺からするならばワンマンライブってのは
普段のライブで実力を付けたバンドが次のステップに進むための一つの節目としてチャレンジする場なんだと思う。

ワンマンライブは「集大成」ではないか。

だとしたらマジックで場繋ぎをしてまで、オリジナル曲を口パクで歌ってまで開催することに本当に意味があったのか?


メンバーの脱退もあったり色々大変だったことは知ってるし
それを乗り越えて先週末初めて2人体制での「再スタート」を切ったばかりのN-ist。

その時も昨日も素直に「頑張ってるな」って思った。
でも誤解を恐れず言うならば「頑張ってる姿」じゃなくて「頑張った結果」が出るのがワンマンライブで、それを見たくて行った今日だったからやはり腑に落ちない。



誰がこんな御輿の担ぎ方をしているのか分からないけど
今日が既成事実を作るためのワンマンライブであったとするならば
俺にはとても納得のいくものではないな。

これがN-istとしての「集大成」ならそれは真正面から受け止めるよ。


っていう2000円払ってチケットとCD買ったイチ客の感想。


ここで頑張れって言ったら卑怯な大人になってしまうけど
心から頑張れって思ってるから言うよ。

頑張れ
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