「赦す」
これほど難しいこととは思わなかった。
見習いたい方がいて、自分はその方のようになりたいと思い、
隣人を赦そうと思うのだけれど、なかなかできない。
ある一日、積極的に話しかけ、冗談を言い、
明るく受け答えるのだけれど、
翌日にはその人を非難している自分がいる。
時々、その人の悪口を言うことを楽しんでいる気さえする。
思う通りに行かない自分の感情。
心から変わりたい。
思わず泣いた、もしくは号泣した
本、映画、体験をお伝えします(ノω・、)
ネタバレになる可能性があります。
これから読んだり見ようという方、ご注意下さいm(_ _ )m
「赦す」
これほど難しいこととは思わなかった。
見習いたい方がいて、自分はその方のようになりたいと思い、
隣人を赦そうと思うのだけれど、なかなかできない。
ある一日、積極的に話しかけ、冗談を言い、
明るく受け答えるのだけれど、
翌日にはその人を非難している自分がいる。
時々、その人の悪口を言うことを楽しんでいる気さえする。
思う通りに行かない自分の感情。
心から変わりたい。
こないだの母の日。
久しぶりに離れて暮らす母に電話した。
「母の日なので電話しましたよ。」
ついでに近況など報告した。
すると数日後、母から葉書が届いた。
お礼かな…と思って読んだらびっくり。
「甘えるんじゃない」という怒りの葉書だった。
何故だ!?
理由は、ここ数年、贈るのが慣例になっていた一万円を
今年は送らなかったからだ。
面倒というのもあったが、お金もおかしいと思っていた。
そんで、こないだの電話で「今年は送らないよ」と伝えていた。
しかし、彼女は許せなかったようだ。
自分も当初、葉書読んで、
「勝手なことばっかり言って…」と思っていたが、
今は葛藤している。
いい年して親子喧嘩もなんだしな…。
もう母も70歳になるし…。
仕方ない。こっちから折れるか…。
常に流行から一歩二歩遅れる私の映画鑑賞。
公開中も見逃し、こないだのテレビ放映も見逃し、
ようやく「レッドクリフpart1」を観ました。
映像凄すぎます。
テレビの仕事しているんだけど、
どうやって撮っているのか、さっっっぱり分かりません。
出演陣も豪華ですが、何といってもトニーレオン!
「インファナル・アフェア」で、本当にしびれたので
今回もすごく楽しみにしてましたが、期待通りでした。
ただ、鉄兜をかぶった顔が、
少し、ひょうきんに見えたのは私だけでしょうか。
HEROの時は格好良かったのに、一体どうしたことでしょう。
とにかく、こりゃpart2も楽しみだな。
今年中に観れるかな?
恥ずかしながら・・・遅ればせながら・・・
「おくりびと」観ました。
とても良かった・・・。
亡くなった方の死に装束を整え、お化粧を施す納棺師。
遺族は、整えられた顔や姿と対面して初めて
亡くなった方に心ゆくまで語りかけ、すがりつくことができます。
納棺師とは、亡くなった方を単にお棺に納めるのではなく、
残された者が旅立つ者とお別れする空間と時間を
作る仕事だということが伝わってきました。
通夜やお葬式は、亡くなった方のためだけでなく、
残された者が感じた心の痛みや悲しみを、
噛みしめたり泣いたりして表に出す場でもあります。
そして、その悲しみを表に出すことが、心を癒すのです。
そう考えると、納棺師は、悲しみを癒すお仕事だとも言えます。
最後、本木さん演じる納棺師が
自分の父親の死に装束を整えている時、
本木さん自身の色々な悲しみが
癒されていく様子がひしひし伝わってきて本当に泣けました。
ところで。
私は、この映画で、先日のある体験を思い出しました。
こないだ父の墓参りに長兄と行った時、
墓前で長兄が私に謝りだしたのです。
「さと、ごめんな。」と。
父がガンとの闘病の末、亡くなったのは私が中学三年生の時。
長兄は大学二年生でした。
子供だった私は見舞いも熱心ではなく、
父が亡くなった時も一時泣いたあと、
割とケロッとしていているように見えたようです。
それが長兄には腹に据えかねたようでした。
「お前は一番可愛がってもらったくせに。」
長兄からは何かあるとよく殴られました。
ある時、父が使いかけだったノートを
自分の勉強用のノートに再利用したことがありました。
すると兄は怒って私を椅子から引きずり倒して罵倒しました。
「よく父親の形見をそんな風に使えるな。
お前は冷たく薄情な奴だ。」
私は黙って殴られるままでした。
兄への怒り、父への後ろめたさ、情けなさ…
色んな思いが長く心に残りました。
今、振り返ると、そんなこともあって父ときちんとしたお別れが
出来なかったような気もします。
あれから23年。
兄がそのことを墓の前で謝ってきたのです。
「あの時はお前が自分勝手な人間に見えた。
でも人の悲しみ方は人それぞれだもんな。」
20年たって、もうとっくに時間が解決してくれていたと思いきや、
私はその言葉を聞いて、鼻がつーんとしました。
自分のつらさが癒された気がしました。
心の痛みは、確かに普段忘れているのだけれど、
本当の自分は決して忘れていないのだなと感じました。
わざわざ言ってくれた長兄に感謝しています。
「悲しみ」と「癒し」と。
それぞれ独立してあってはいけません。
全ての人の中で、
この二つが仲の良い兄弟のように一緒にいますように。