サムソンの話が広まるにつれ、フィリスティアのイスラエルに対する物言いが少なくなってきた。下手な事をしようものならサムソンがやって来るからだ。それならば、懐柔しながら支配をしておいた方が良かった。無理のない範囲で税を集め、無理にない範囲でフィリスティアの文化を浸透させ、無理のない範囲でイスラエルに譲歩した。フィリスティアの支配をあまり感じさせない環境になって行った。そのせいか、イスラエルは悔い改め、徐々に真の神へと戻りつつあった。
フィリスティア側からすれば、そのような状況を苦々しく思っていた。サムソンが正に目の上のこぶだった。
サムソンさえ取り除けば怖れるものは無い。しかし、あの怪力をどうすればよいのか。あの力がイスラエルの神から出ているのならば止めようがないのか。いや、何か方法があるはずだ。本当にそんな方法があるのか。フィリスティアの枢軸領主たちは集まってはそのような議論を繰り返していた。
そんな折、サムソンはソレクの奔流の谷に住まうフィリスティアの女を愛するようになった。
その女は名をデリラといった。
今のこの状況は、サムソンが若い頃にフィリスティアの娘をめとろうとし、付き添いの者たちになぞかけをし、その答えを婚約した娘を使って聞き出し、それに腹を立てたことが始まりだった。
サムソンはフィリスティアに反抗し、真の神が怪力をサムソンにお与えになった。フィリスティアは恐れ、イスラエルへの支配も緩んできている。真の神への信仰も取り戻しつつある。しかし……
あの時と同じように、フィリスティアがデリラを使ってサムソンの秘密を暴くのではないか。
デリラは噂に聞く美女だ。秘密云々の前に骨抜きにされてしまうのではないか。
骨抜きならばよいが、寝返ってフィリスティアに付いてしまったら、イスラエルはどうしようもない。
いや、真の神が士師とされたのだから、きっとフィリスティアを倒してくれるだろう。その前触れに違いない。
様々な懸念や憶測がイスラエルではささやかれていた。
「デリラはいるか?」
威圧的な口調で呼ばれ、デリラはむっとした顔で家の外に出た。上等の衣服に身を包んだ年配者たち数人が立っていた。
「おお、お前がデリラか……」一人がデリラを見て、いやらしい笑みを浮かべた。「話には聞いていたが、美しいな」
「そりゃ、どうも……」デリラは表情を崩さない。「で、あなたたちは?」
「わしらはフィリスティアの枢軸領主だ」
「……」デリラは戸惑い、一歩下がった。「そんな偉い方々が、わたしに何の用です……」
「まあ、そう恐れずとも良い」別の枢軸領主が優しく微笑んだ。「お前はイスラエルの士師、サムソンに想われているようだな」
「でも、でも!」デリラは緊張した様子で答えた。「言い寄ってきたのはサムソンです! サムソンは『誰かが文句を言ってきたらオレが吹き飛ばしてやるから心配するな、それがフィリスティアでもイスラエルでもだ』と言いました。だから、わたしも受け入れたんです。今、こうして皆さんが来たのは、わたしを糾弾するためでしょうか? だとしたら、サムソンが戻って来たら話をしなければなりません! わたしのためならサムソンは喜んであなたたちを、それこそ吹き飛ばしてくれるでしょう!」
「まあ落ち着きなさい」笑顔の枢軸領主はデリラの方に優しく手を置いた。「誰もお前を糾弾しようとは思っていない。ただ、手を貸してほしいのだよ」
「手を貸す……?」デリラの緊張が少し緩んだ。「どう言う事ですか?」
「お前もフィリスティアの者だろう。最近のイスラエルの図々しさは目に余る」
「このままでは、イスラエルが我々を滅ぼそうとするかもしれない」
「そして、その先頭に立つのが、士師であるサムソンだ」
「そうは言いますが、あの人、サムソンはわたしには手を出すことはないはずです」
「そう、サムソンは、手を出さないかもしれない。しかし、イスラエルが攻めてきたら、その者たちによってお前は殺されるかもしれんぞ……」
枢軸領主の言葉にデリラの顔が蒼白になる。
「そこでだ……」笑顔の枢軸領主がデリラに顔を寄せ、小声で続けた。「サムソンをだまして、あの大きな力が何によるのか、どのようにしたら打ち勝つことができるのか、どうしたら必ずやつを縛って制裁できるのかを見つけてくれないだろうか。そうすれば我々としては,めいめいが銀千百枚をお前に与えよう……」
デリラの表情が変わった。
(士師記16章4節、五節をご参照ください)