こんにちは。
シン・ナナです。
シン・エヴァンゲリオン劇場版を観て、オタク熱が軽く復活した、ゆるい元オタクです。
シンエヴァの謎を補完するために、考察動画とか色々と見てました。
今まではそういうのはほとんど見る専門で、自分で考えることがなかったのですが、あれこれ考えているとふとあることに気がついてしまいました。
ひょっとしたら、過去に既出のそれかも知れませんが、自分の中でかなり腑に落ちて、且、重要なメッセージが込められて、それを伝えるべく、敢えてここに記載します。
※ちなみにこのブログはこの記事をアップするためだけのものです。今後更新予定はありません。
皆さん、ご存知の通り、シンエヴァには、様々なメッセージが様々な層に向けて、いくつものレイアーを重ねて織り込まれ、送られています。
それは、観る人の度合い、程度によって、受け取り方が全く違うものになっています。
エヴァが卒業できた人もいれば、楽しいエンターテイメントと作品だと捉えた人。
自分のお気に入りのキャラクターの扱いに納得できなかった人や、過去作と同じように捉えた人。
それは、その人がどのようにエヴァに関わってきたによって捉え方が大分違います。
中でも、多くあるのが「現実を見ろ」説です。
これは、旧劇と同じテーマで、勿論そう捉えることもできます。
ただ、私が気がついたメッセージは、これと全く逆のものではないのかと言うことです。
きっかけは、風呂に入っている時でした。
なんとなくあれこれ考えているときにエントリープラグのプラグ深度について、気がつきました。
このプラグ深度とは、パイロットがエヴァの中に入っていく深さで、これが深くなればシンクロ率も上がって(逆かな?)エヴァのシン化が始まり、やがて使徒化していくと言うものです。
大雑把な説明はさておき、このプラグ深度とは、もしかしたら人のオタク度を表すものではないかと思いました。
この考えを軸にシンエヴァを見ていくと、ほぼ全てのものの意味合いが理解できるようになります。
まず、作中でエヴァが使徒化して行く結果、使徒と接触し、最終的に何が起こるかというと、ガフの扉が開いて、インパクトが起こります。
ガフの扉の向こうには何があるかと言うと、マイナス世界です。
マイナス世界というのは何かと言うと、エヴァの世界の外側、つまり現実にエヴァを創っている人たちの世界です。
そこには、セットや小道具、照明や機材がたくさん並んでいます。
そこから対比すると、エヴァの世界というのは、アニメそのものだと言えます。
そのアニメの中のエヴァに乗る人、つまりチルドレンはオタクのメタです。
そして、そのオタクの中でも、深度があって、より深く入って、シンクロ率を高めた人、つまりオタクは、人ではなくなってしまうのです。
オタクの度合いが強ければ強いほど、普通の生活をする人には理解できない領域に行ってしまっています。
深度が深くなると「人に戻れなくなる」と破でリツコが表現しています。
人の領域を超えてなるものは、すなわち神です。
この神とは、この世界、つまりアニメのエヴァを創り出したクリエイターと言えるのではないでしょうか?
しかし、エヴァが単体でシン化しても、神にはなり得ません。
それはただのディープなオタクです。
そのディープなオタクが神(クリエイター)なるために必要なもの、それはクリエイターとして命を与える思いとか物を生み出す技術、能力ではないでしょうか?
それが使徒が持っている「生命の実」です。
それと対比してエヴァには「知恵の実」があります。
それは知識です。
オタクは、知ることを徹底します。
その作品の内容は勿論、キャラクター、その設定、セリフ。
勿論それにとどまらず、それを創った監督、クリエイター等、果ては、その人たちが何を見て育ったのかとか。
これを知って知って知って、知ることによってその作品と同化しようとする。
これがプラグ深度、シンクロ率です。
そうオタクはただ知るだけ、受け身で与えられたものを消費するだけの存在です。
そこに知恵の実を食べること、つまり創作者としての能力を得ることでクリエイター、つまり神となれるのです。
その時のメタファーとして、槍が用いられます。
この槍はクリエイターとして最も大事な道具、ペンのことではないでしょうか?
このペンを胸に刺して、新しいインパクトを起こす、つまり創造するのです。
クリエイターは、自分の魂と命を削って作品を生み出しています。
それのメタファーだと思います。
ただ、クリエイターと一口に言っても、ピンからキリまでいます。
駆け出しの人から、それこそ、神と呼ばれる人まで。
実際にインパクト(ブーム)を起こした人も居ます。
こう言う観点でいくと劇中の登場人物、設定、物語のメッセージにもメタ的な説明がついていきます。
使徒:
クリエイター。エヴァ(オタク)に倒され、インパクト(ブーム)を起こせなかった名も無きクリエイターたち(現に新劇の使徒に名前がない)。
実際に新劇場版を作るにあたり、庵野監督は、この10年でエヴァを超えるものがなかったと言っています。
シンジ、ゲンドウ、カヲル、アスカ、マリ(一説によると)は、使徒の扱い。
第3村:
オタクでない一般の人たちが普通の当たり前の生活を営む世界。オタクが住みにくい世界。
L結界密度:
オタク、クリエイターしか生き残れない世界。密度の濃いところでは、電車や鉄塔といった庵野監督が好きなものがくるくる回っている。
シンジ・ゲンドウ:
庵野監督。言わずもがな、この世界の神。ほとんどの人が、彼が考え生み出す世界を完全に理解することができない。故に理解をしたくなる。ゲンドウの回想、本を読みあさっていると言う描写あり。多くを語る必要なし。
レイ(黒波):
真のクリエイターになれなかった2次創作者たち。コピー。現実社会に触れて、クリエイターとして消える。結婚妊娠等で一般人になる。Qではシンジから手渡された本を読まない。つまり絵だけを書いて知識を付けないからクリエイターとして大成しない。
ケンスケ:
ややオタクな一般人。エヴァに乗れなかったオタク。第3村の中でも、L結界密度の濃いところに、人から離れて住んでいる。結婚もしていない。
アスカ:
評価されないクリエイター。頑張っているがなかなか芽が出ない、クリエイターとしは未熟。ケンスケ(オタクな人)に評価(頭を撫でて)してもらいたい。まだ撫でられていない。
マリ:
安野モヨコ。庵野監督の嫁。既にいくつも作品を生み出している。庵野監督曰く、作品を読んだ人にポジティブなパワーを与えれるクリエイター。自分には出来なかったことをしている人。作中内でのマリは常に明るい。結婚後、庵野監督に知恵の実を食わされる(監督不行届より)。作中でも本を貪っているシーンあり。
カヲル:
宮崎駿監督。庵野監督の師匠。優しい世界(作品)を創る人。何度も死んでる(引退宣言)。序の時点で、開いている棺桶の数は4、宮崎監督の引退宣言の数は2007年時点で、4回と起き上がっている5回目のメタ。DSSチョーカーでカヲルを殺すのは引退をさせえてあげたいから。マイナス世界でも際限なく作り続けようとしていた(まだ開いていない無数の棺桶)
言わずもがな、恐ろしいほどのインテリ。作品の中で一般人には理解できないメタを入れる。
槍:
クリエイターにとってのペン。希望のペンも絶望のぺんもある。命と魂を削って、作品を生み出す。(インパクト)旧劇は、庵野監督によって、絶望のペンによって作り出された世界。
~インパクト:
アニメブーム。ヤマト(ファースト)、ガンダム(セカンド)、エヴァ(サード)。次のインパクトは生まれていない。(君の名は?鬼滅?)
インフィニティのなり損ない:
クリエイターになれなかったオタクたち。サードインパクトによって生み出してしまったもの。
最近、シン・エヴァが始まったので、現実世界(第3村)の境界をうろうろしている。
ここからは若干弱めの考察です。
AAAヴンダー:
神殺し→クリエイターを殺す?新しい技術?3DCGとか?詳しくないのでわからないです。
ゴルゴダオブジェクト:
これまでのクリエイターが創ってきた、過去の創造物のメタ、墓場?
ゼーレ:
アニメの制作の委員会方式のメタ。シナリオ通りにクリエイターたちを動かす。クリエイターは使い捨て。
ネルフ:
ガイナックス。ゼーレとは別のシナリオでクリエイターを使い潰す。現に庵野監督がクリエイター冷遇のためガイナックスを離れるきっかけとなっている。
加持:
鈴木敏夫。カヲル(宮崎監督)との立ち位置からの推測。色々と便宜を図る人?
ミサト:
この理論からでは不明。多分何かありそうな気がする。
ここまで説明してきて、みなさんもそれなりに納得できるものがあるのではないでしょうか?
そのほかのものも、この仮説を元に考えれば読み解けるものがあるかも知れません。
そして、この考察、「使徒=クリエイター説(仮称)で」最も伝えたいメッセージを最後に。
それは「オタク深度をドンドン深めて、作品と同化するほど知識を貪ると同時にクリエイターとして技術を高めて、命を削り、作品を生み出して行くこと。
そして、インパクトを起こすことが出来れば、クリエイターとして、神となり、胸のでかい、いい女をゲット出来るぜ。」ということ。
つまり、オタクという知識を消費するだけなく、何かを生み出すクリエイターになって、自分や宮崎監督を超える人になって欲しいと言う、今の世代(10代、20代)のオタクに向けた超ポジティブなメッセージです。
この世代のオタクたちが新たなクリエイターとなり、新たなるエヴァンゲリヲンを創っていくことに希望を込めたメッセージだと思います。
但し、それ(クリエイター)になれなかった古の生命(3、40代~のオタク)は死に絶えますがw
以上、お読みいただき、ありがとうございました。