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しんぷのこえだめ2

皆さんの声を貯めて力に変える肥溜めです

今日は悪い目覚めだったのですが、
いつも悪い目覚めなときは、だいたい同じで、変な夢を見るからです。

その変な夢とは、未来の不安。
僕なりに考えられる地球市民としての人間の生き方とその限界です。


ここで語りたいことは、今震災で起きた苦しみよりもっと辛い苦しみの未来像です。
本当なら僕の胸に留めておいたほうが、皆さんを苦しめることがないのだと
いう事を知りながら、でも、こういう現実があることを、肝に銘じておいてほしいとの
願いから書く事に決めました。

内容的には震災の経験より尚暗い話なので
読みたくない方はここでお引きとりください。





















さて、僕の不安、しかも将来の不安は世界中を巻き込んだ資源戦争についてです。
その突端は、エジプトなどのアフリカ諸国で既に起きています。
エジプトの内乱は元々水利権から来ていると聞きました。

それについて僕が前に描いた絵をご紹介します。
この絵を描いたのにはいくつかの助言あってのことですが、
まぁとにかく絵を見てください。



しんぷのこえだめ2-112211どうしていい切れるの?

112201あたいのだけ ちみだけのと どうしていいきれるの





この絵の示すところは、所有権や前回に触れた特許や
人間の利得権の話です。

たぶんこれが皆さんの根本にはあるのではないでしょうか。

僕にとっては、下らない人間のエゴだと思うのですが、
どうして多くの人々にとっては、これは死活問題だと言います。



僕は昔、二股をかけられて振られた経験がありました。
それが僕のトラウマでした。
しかし、その後、歳を経ていく内に、
ある人と不倫関係に陥りました。
浮気されて辛い経験をした僕が
今度は彼女という存在を介して、浮気を助長しているという現実にぶち当たったのです。
不倫が良くないことは十分承知でした。
そして、その浮気を助長している僕にとっては
相手方の旦那様に対して罪悪感を覚えていました。
僕とその彼女が幸せになればなるほど、その旦那様は不幸のどん底に貶(オトシ)められる。
僕はやはり旦那様をこれ以上苦しめることはできないと思いから、
結局は彼女とは別れるという選択を選びましたが、
この実体験の例から僕が導きたいのは、一つの人(あるいはモノ)を奪い合う程、
両者にとって益がない事はおろか、両者が傷を付け合う関係というのが見えてきたという事です。




環境倫理の問題を問う時、必ず出てくる例え話で
共有地の悲劇(またの名をコモンズの悲劇)というのがあります。

湖の事例と牧草地の事例があるのですが、
今回は後者を選びたいと思います。




 ある共有の牧草地にAさんとBさんが仲良く10頭ずつ、牛を飼っていました。

 ある日、Aさんは自分が豊かになるためにもう5頭飼って牧草地に離しました。
 もちろんBさんより5頭多いのですから、収益も1.5倍。大喜びでした。

 それを見ていたBさん。
 向こうがそうならこっちもとBさんも5頭増やしました。
 同じく収益が1.5倍になり、AさんもBさんも確実に裕福になりました。

 しかし、Aさんはそれだけでは足りず、
 その勢いでもう10頭増やしました。
 それを見ていたBさん、負けず劣らず10頭追加しました。

 共有の牧草地は当初は20頭、続いて30頭、ここまでは許容範囲でしたが
 50頭を全てまかなうだけの牧草はなく、ひたすら全部食べつくしてしまったため、
 牧草地が砂漠になってしまい、AさんもBさんも牛全ても死んでしまったのでした。

 あとに残されたのは砂漠と骨ばかり・・・。



これが共有地の悲劇と呼ばれる、利権に基づく、奪い合いによる現実です。

こういう事が昔から日本だけでなく世界規模で起きてきました。

元はといえば湾岸戦争やイラク戦争だって、石油略奪戦争ですし、
日本の中でも田んぼでの利水を巡ってのイザコザというのは各地で起きていたようです。

そういう事を考えると、最初に挙げた絵が現実を帯びてきます。


最後の行に書いてあるとおり、
「くぎりなんて、なんもないのに・・。」と思ってしまいます。

土地の所有権の話についても、以下の例を出すとわかりやすいと思います。

それは今盛んに宣伝をやっている月の土地の話。

月の土地なんてそもそも、誰の所有物でもないのに、
ある人がこれを売買して金儲けしようと考え付き、
自分の所有権として主張。
そしてそれを販売という形をとって、日本でも購入した人がいるくらいです。

そんな馬鹿な話があるか? 元々誰のモノでもないのに?
と思われる方がいらっしゃると思いますが、
土地なんて正にそうで、アメリカの開拓時代にもインディアンの共有地を
開拓者が勝手に所有権を主張して、インディアンを駆逐した現実があります。


そんなあやふやな現実があって、その上に僕らは生活しているのです。


土地だって水だって、みんな自然物であり、それについて所有権が出てくるのも
おかしな話のように思ってしまいますが、
それは人間が暮らしていく中で考えついた長年の知恵ということでしょう。


しかし、今世界各地で地球変動(人為的なモノだけじゃなく)が起こっている時代。
食物や水等のの資源やそれに付随する土地など、必ずモノが足りなくなれば喧嘩が起こります。

それが大きな規模で起これば戦争です。

平和ボケしている現代日本人には理解しがたいかもしれませんし、
平和活動をなさっている方々には申し訳ないのですが、
資源戦争は遅かれ早かれ絶対にやってきます。

そうならない為に僕も必死で頭をひねり、
今できる事を確実に、そして的確にやっているつもりですが、
それでも、この恐怖とそんな現実が起こってしまう悲しみには耐えられません。




こういう現実があるからこそ、
僕は日本という特異な地域で農業に取り組もうと思うわけです。

豊かな水があり、四季があり、食糧や水を確保するには最適な環境があるのです。
方やアフリカ、中近東などでは作るにも作れないほど水が足りず
争いが絶えないという現実があります。

これが世界的規模で起こっていない今のうちに、
農業国への第一歩を踏み出さなきゃいけないと思っています。
食糧や水の支援こそが、現実的に食い物に困っている人々にとっての最大の支援だと思うからです。


食物に関して贅沢言っていられる時代はもぅ過去の話です。
もぅ少し今の時代を世界的な規模で見て、よく考えて頂きたいです。


長くなりましたが最後まで僕の念いを聞いてくださってありがとうございました。
これを書くことで少しでも皆さんの力になれたら幸いです。