馬鹿ばっかやっていられないので、今日は真面目な本の話。
今日読み終わった敬愛する司馬遼太郎さんの本をご紹介。
「対談集 東と西」〔朝日文芸文庫〕
8人の対談者と日本の中での東西の歴史をヒモ解き、
日本の歴史を振り返りつつ、現代を考えるそんな作品。
この本の中で僕的に一番面白かった対談者は、
エドウィン・O・ライシャワーさん。
アメリカにおける日本研究の第一人者とこの本の冒頭で紹介してあります。
何が面白かったかというと、
秀吉と家康の対比。
秀吉は天下統一を果たした皆さんにも人気の大物ですが、
派手好きの自信家で目立つ事をした事で庶民受けはいいけれど、
家康に比べて小者というw
対する家康は素人目嫌われ者ですが、
玄人からみると大改革をした張本人。
江戸時代があんなに長い間続いたのは、
やはり家康の業績が大きいとの事。
「あなたは秀吉みたいな方ですね!!」と言われると喜ぶのに、
「家康みたいな方ですね」と言われると怒り出すというのは
家康を本当の意味で理解していない証拠と語る。
確かに秀吉の行いは派手で作る物もスケールのデカイ業ばかり。
対する家康の戦略は陰謀的で小策な業。
どっちが人気になるかといえば断然前者でしょうが、
家康はオーガナイザーとしては稀な業績を残した方だと説く。
秀吉のように破天荒な人柄は天性的なモノなので
マネしようがないけれど、
家康の引き際とか、徳川の繁栄を促すための全体的なバランスを考える視野の広さは
学ぶべき点が多いかもしれないですねw
次に面白かった対談者は、
ライシャワーさんの次に出てくる網野善彦さん。
海民史、日本中世史の第一人者。
司馬さんは関西生まれの歴史家。
対する網野さんは関東生まれの歴史家。
日本の歴史を語る上で、
京の都(西)意識と、東の都(東)意識は根強い対立を育んできたと語っていました。
しかも、西派は東派に弾圧された経歴を持つため、
同じ東派に弾圧された東北の方々と話がよく合うとかw
逆に東派は、西派に弾圧された九州の方々と合い通じるというw
福岡と大島の気温が近いという事は前から知っていたけれど
文化や思考が似ているとまでは思わなかったので
これは僕的には新事実w
そういう違いが日本各地にはあり、
日本という国の中でも色んな考え方があるという事実は、
面白いという他ありません。
その上、ひらがなカタカナ論で
鎌倉時代からひらがなは文語(書き言葉)、
カタカナは口語(話言葉)という違いがあったよう。
そして、漢字とひらがなとカタカナの2つずつ組み合わせは全部で7通りあるという。
それだけ日本語といっても表現方法が多様だという。
日本人の言葉は方言を考えると分かるとおり、
文語と口語がまるで違う事が多いという事実。
文語を使うのは有識者で、庶民は口語。
だからいくら文語を覚えても実際に地方おもむいたら全然言葉が通じないw
この違いは日本の歴史と文化を考える上で重要な点であるという指摘。
僕は今までヤフーチャットとピグを合わせると5年以上やってきたわけだけど、
その間、日本中の方々と交流があり、
方言については興味を持っていたので、
そういう意味があったという事にはただただ感心するばかりでした。
よく「日本人」と人くくりにするけれど、
これだけ言葉も違って文化や思想まで違ったら
そりゃ統制とるのにうまくいかないのは当たり前なのではないかとw
地方分権が叫ばれる昨今、歴史をヒモ解けば当たり前のことなのかもしれませんね。
そういう事がよりよく考えられた勉強になる一冊でした。