僕がこんな突飛な文章を書いたり、
激を飛ばしたり、色んな心についての絵が描けるのは、
決して僕がすごいからではないです。
その後ろに僕を支えてくれるたくさんの人々の心があるからです。
歴史には出てこない、地道にひたすら仕事に打ち込み人達。
そういう縁の下の力持ちがいるからこそ、
僕はこうやって訴えたり、激しい感情を記事にしたりできるのです。
ジョンレノンが世界に発信した事は確かに大きいかもしれない。
でもそれを支えたオノヨーコさんや家族、レコード店のブライアン・エプスタインや
その他、彼を応援した人達がいっぱいいること。
そういう人達のバックボーンがなければ、
ジョンレノンがジョンレノンとして生きていけなかったんだと思います。
僕もその点では一緒です。
僕の影にはネットも使わない名も無きご老人がいたり、
町で出会った浮浪者がいたり、
季節になると飛んでくるヒヨドリがいたりと、
僕は色んな人や生き物たちに支えられています。
僕は31年間、自分の言葉で語ることは苦手でした。
また、僕が発した言葉の中には人のアイデアもたくさんありました。
でも、そういう人の意見を聞きに聞いて、
たくさんの名も無き人々が発する言葉に耳を傾けてきたからこそ、
自分なりの確信も、その人が発する言葉も聞き分けられるようになりました。
たった140字しかしゃべらなかったとしても、
その中にいい言葉も悪い言葉も感じられる能力が身についています。
だからこそ、僕は今、僕ができる可能性を最大限活かして、
blogやらtwitterやらピグやら、話し言葉やら、絵やら色々な方法で発信しています。
その背景を知らないで、僕を評価しようとする人は
決して僕の事を理解したとはいえないでしょう。
昨日読み終わった黒澤明監督の「蝦蟇(ガマ)の油」にも
再三再四書かれていたことですが、
名匠黒澤監督にも多くのバックボーンがいらっしゃったようです。
そのバックボーンを語らずして黒澤監督はありえないと、
その本を読んで思いました。
ですから僕はそういう人達の念いこそ、
僕の念いよりも先に実現してほしいと思います。
そのために、僕は全力をつくす決意をしました。
僕がその人達にできる事といえば、
自分の描いた絵葉書をたまに出すことと、
話を聞いてあげること。
そして、その意見を汲んで、それを発信する事。
それくらいしかありません。
でも、それでも僕を支持してくれます。
そのありがたさといったらない。
それを想うたびに涙がとまらなくなります。
僕を支えてくださる方々に
せめてもの想いで、この記事を書きました。
皆さんにはそういう人達の、自分の周りの人達に感謝の心は持てますか?
そしてどんな人達とそれを共有していますか?
それが僕の考える社会資本です。
それが原点で社会が変革できると想っています。
みんな気付いてください。
芸能人だけがすごいわけではない事を。
自分の身近にいる人こそ、
より現実をより深く知っているのかもしれないのですから。